近年、いじめや不登校といった課題が深刻化しています。そもそもこれらの問題の原因はどこにあるのでしょうか。
発達特性がある子が増えているから、家庭の教育力が低下しているから、親子関係に課題があるから……。このような声を耳にすることもあります。しかし個人や家庭に焦点を当てた要因だけでは、十分に説明できない事例も数多く報告されています。
子どもは大人以上に環境に敏感なため、学校の空気に左右されることも。この「学校の空気(学校風土)」に着目した研究があります。この問題に詳しい子どもの発達科学研究所 主任研究員の大須賀優子が、学校風土の科学的な測定や分析について詳しくご紹介します。
科学的に測定できる「学校風土」
人は置かれた環境に大きな影響を受けます。大人であっても、職場の上司や雰囲気によって働きやすさが大きく異なります。子どもは「学校の空気」にとても敏感です。クラス替えひとつで表情が明るくなったり、反対に登校できなくなったりするほどです。
子どもの行動上の課題について考える時、個人や家庭ばかりに焦点が当たりがちですが、学校環境、つまり「学校の空気」にも目を向ける必要があります。この「学校の空気」のことを、「学校風土(がっこうふうど)」と呼びます。学校風土に関する学術的な意味は次の通りです。
「学校風土とは、学校生活の質と特徴を指します。学校風土は、生徒、保護者、そして学校関係者の学校生活における経験パターンに基づいており、規範、目標、価値観、人間関係、教育学習の実践、そして組織の構造を反映しています。」(※1)
しかし、実際には捉え方が曖昧な概念です。例えば校長先生が「うちの学校はよい学校だ」と思っていても、担任の先生は「ルールが厳しすぎて、子どもが息苦しそう」と感じている場合もあります。
そこで必要になってくるのは、誰にとっても公平で客観的な学校風土の測定基準です。
世界では、学校風土が子どもたちに与える影響について100年以上前から研究が積み重ねられ、科学的に学校風土を測定することができる尺度(アンケート調査などの測定ツール)がいくつも開発されています。
子どもたちが感じている学校風土は、いくつかの構成要素に分けられます。
具体的には「身体的および心理的な安全」「授業における支援的な雰囲気」「教員と児童生徒の関係性」「多様性の受容」「校内外の物理的環境」などです。
これらの要素を総合的に把握することで、学校風土の全体像を捉えることができるのです。
日本の学校風土を測る JaSC
ただし、こうした尺度や構成概念をそのまま日本の学校に当てはめて使うことはできません。教育制度や文化が大きく違うため、学校風土も日本と国外では異なる可能性が高いからです。
日本でも子どもたちが実際に感じている「学校風土」を科学的に明らかにする研究が進んでいます。
私たちは、学校風土研究の中で、全国の複数の大学や教育委員会と連携し、大規模な調査と統計的分析を行い、全国の小中学生の回答から日本の実情に合った学校風土尺度「日本学校風土尺度(Japan School Climate Inventory、以下JaSC)」を開発しました。
JaSCは、児童生徒自身が学校の雰囲気や教職員との関わり方について評価するアンケートです。
- この学校の先生は、私がうまくできた時に認めてくれる
- 友達と一緒に学校の活動を楽しんでいる
- いじめをしっかり注意してくれる
など32項目を子どもたちが評価します。
2023年には文部科学省から不登校対策・支援のツールの一つとして紹介され、近年ますます注目を集めています。児童のスキルや心理状態に焦点を当てたツールは既にいくつかありますが、JaSCは学校という「場」の性質そのものを測定対象とし、科学的に信頼性、妥当性が担保されている点で、他のツールとは一線を画しています。
日本の子どもたちが重視する学校風土の要素
JaSCを用いた大規模調査のデータの統計解析から、新たに分かったことが2つあります。
1つは、日本の子どもたちにとって特に重要な学校風土の5項目です。
- 多様性の尊重
- 友達との楽しい活動
- 先生との信頼関係
- 自信を持たせてくれる先生の関わり
- いじめの予防と対応
これらの項目の特徴は、どれも教師の態度や指導行動と密接に関連しています。そのため、日本の子どもたちが感じている学校風土には、教師のふるまいが強く影響していることがうかがわれます。つまり、学校風土の改善には教職員の関与が欠かせないということです。
もう1つは、日本の子どもが捉えている学校風土の構成要素です。
回答データから明らかになった重要度(情報量の多さ)が高い20項目をさらに因子分析した結果、「学校の安全(School Safety)」「学校における積極的かかわり(School Engagement)」 という2つの下位要素によって構成されていることが分かりました。
この2つを軸にして学校風土を高めることが、効果的な学校風土の改善につながると考えることができます。
学校風土調査がもたらした学校の変化
実際に多くの学校がJaSCを用いた調査と学校風土改善の取り組みを進め、効果をあげています。代表的な例をあげます。
■事例1:小学校における学習スキル育成プロジェクト
学校風土調査の結果、表面的には問題行動が少ないものの、子どもたちが「我慢している」状態が明らかになった。校長の判断により教員指導ではなく、子どもの学習スキル向上に焦点をあてた授業改善に着手。結果的に教員の関わり方にも波及効果があり、学校風土の改善が実現した。
■事例2:中学校での授業改革の取り組み
「教えと学び」に関する項目での課題が明らかになった中学校では、子ども主体の授業スタイルへの転換を推進。教員間の合意形成を経て、授業改善を通じて風土改善が進行し、いじめや不登校の減少が確認された。
このように、JaSCを活用した学校の中には、学校風土の改善と子どもたちの行動上の課題の改善がみられています。
「問題が起こってからの対応」からの脱却
一方、調査結果は時に先生たちに「厳しい現実」を示すこともあります。
「子どもは正直ですね」とある校長先生は話していました。調査報告書に示された結果が、その学校の空気感にぴったり一致していたそうです。
同じ学校でも、クラスによって子どもたちの感じる学校風土が大きく異なるケースもあります。
先ほどの校長先生は「調査結果を担任に見せるには、学校全体で学校風土改善を実施していくという決意が必要」とも語っていました。
客観的な学校風土のデータは、子どもが捉えている学校の真実を語っています。それだけに、その結果が教師にとってはつらく感じることもあるのです。
だからこそ、校長先生のリーダーシップのもと、教員研修を充実させることが重要です。学校風土の向上は、その責任を担任一人が背負うのではなく、教職員が一丸となって取り組むものだという意識のもとに進めることが望ましいです。実際に効果をあげている学校は、例外なく、そのような取り組みを行っています。
多くの学校現場では、不登校やいじめなどの課題に対し、「不登校になった後に支援をする」「いじめが起こった後に対応する」といった事後的な支援や指導に重点が置かれています。
しかし、これらは問題が顕在化してからの対処であり、海外では「子どもの失敗を待つモデル」と評されています。学校風土の改善は、このモデルからの脱却を可能にします。
「問題が起こるのを待たず、全ての児童生徒を対象にポジティブな学校風土を提供する」
このことにより、問題行動の発生を予防するのみならず、子どもの学力や意欲、自己肯定感、教員の仕事の満足度にも好影響を及ぼします。これは100年に及ぶ学校風土研究が繰り返し証明してきたことです。
子どもの未来を支える学校風土の「見える化」
学校風土は、測定するだけでは意味を成しません。重要なのはその結果をどう理解し、どのように改善の行動へとつなげるかです。
まず、エビデンスが明らかな客観的指標を用いて、捉えどころのないように見える「学校風土」を正確に把握すること。このアセスメントが第一歩です。
次に結果を分析し、学校風土改善に向けて、教職員集団が対話に基づき実践計画を立て、実施すること。このアクションが必須になります。
そして、この教育実践が本当に効果的なものであったのかを、再度調査によって確認します。もちろん、改善されているところは自信をもってその取り組みを続けるべきですし、効果がなかった取り組みは、他の実践に変えていくとよいでしょう。
これまでの研究で示されている通り、学校風土を「見える化」し、学校風土を高めていく取り組みによって、質の高い教育を提供することが可能になります。そして、質の高い教育こそが、子どもの豊かな人生を支える最も重要な基盤であることは、言うまでもありません。
参考文献
※1 National School Climate Center, https://schoolclimate.org/school-climate/
執筆者:大須賀 優子(おおすか ゆうこ)

- 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 副所長 主任研究員