計算が困難……大人の算数障がいを知っていますか?

2025年06月29日(日曜日)

計算や数量処理が子どもの頃からどうにも苦手で……という場合、もしかすると「発達性ディスカルキュリア/ディスカリキュリア(Developmental Dyscalculia: 以下DD)」の可能性があるかもしれません。

DDは「算数障がい」とも呼ばれている、知的な発達に明らかな遅れがないにも関わらず、数の理解や計算に著しい困難を示す発達障がいの一つです。児童期に気付かれることが多いのですが、適切な支援がないまま成人を迎えると、日常生活や仕事の場面でさまざまな困りごとが生じてしまいます。周囲の人には何ができるのでしょうか。

そこで今回は成人期のDDについて、子どもの発達科学研究所 副主任研究員の津久井伸明が解説します。

児童期・思春期に見られる主な困難

DDは決してまれではなく、継続的な理解と支援が求められる発達特性の1つです。出現率は、評価基準の違いなどによって幅があり、全体の約3〜6%とされています。(※1)

また、注意欠如・多動症(ADHD)の約26%、読み書き障害(発達性ディスレクシア)の約17%の子どもにDDが併存しているとする報告もあります(※2)。DDのある子どもたちは、次のような困難を抱えがちです。

  • 数の大小や量の違いを直感的に理解しにくい
  • 計算の手順を覚えづらく、繰り返しても定着しにくい
  • 時計を読むことや、時間の感覚をつかむことが難しい
  • 割合や小数、分数といった抽象的な数の概念が理解しにくい
  • 算数の授業やテストに対して強い不安を感じる

こうした体験が続くことで、自信をなくしたり、学びそのものから距離を置いてしまうケースも少なくありません。

成人期における具体的な困難

DDの特性は大人になっても続くことが多く、生活や仕事のさまざまな場面で困難を感じることがあります。

ヴィーニャらの研究によると、DDのある若年成人たちは、日常生活で次のような困りごとを抱えていることが分かりました。(※3)

【日常生活での困りごと】

  • 金銭管理が難しい:買い物の合計金額やおつりの計算、請求書の確認、割引価格の把握などが苦手
  • 時間の感覚にずれがある:予定の管理や所要時間の見積もりが難しく、遅刻や過密スケジュールになりがち
  • 測定や見積もりに苦労する:料理や日用品の量を計る、距離を推測するなどの場面で困る

カウフマンらのレビューによると、DDのある成人が職場で次のような困難を感じており、仕事のパフォーマンスや同僚との関係、さらには長期的なキャリアの選択にも影響を与える可能性があります。(※4)

【仕事での困りごと】

  • 単純な計算(1桁の加減乗除)でも指を使って数えるなどの代替手段を必要とするが、これらは時間がかかる上に、誤答の可能性が高い
  • 基本的な数の概念(例:10進法、少数・分数など)の理解が乏しく、会計処理や予算管理などの業務に困難を伴いやすい
  • 数の処理の困難が職業成績や社会的・情緒的な健康に悪影響を及ぼす

ついやってしまいがちな望ましくない対応

周囲はどのようなことを意識すればよいのでしょうか。DDのある人たちに対して、次のような対応をしてしまうケースがありますが、これらはあまり望ましくありません。

  • 「もっと努力すればできる」といった根性論
  • 数学的な苦手さを冗談にしたり、からかったりする態度
  • 一律にドリル学習を繰り返させる指導
  • 仕事の中での支援を「特別扱い」として否定する姿勢

こうした対応は、本人の自尊心を傷つけ、抑うつや不安といった二次的な心理的課題を引き起こす可能性があります。

科学的根拠に基づいた望ましい支援のあり方

DDのある人に対しては、次のような支援が効果的とされています。

【生活面での支援】

金銭管理には、視覚的な支援ツールやアプリの活用が有効です。(※5)
時間の管理には、アラーム付きのスケジュール帳や色分けされたカレンダーが役立ちます。(※3)
距離や量の把握が必要な場面では、実物大の参考資料や写真などが理解を助けます。(※3)

【職場での支援】

計算機やテンプレートなど、業務を助ける道具の利用を認めましょう。(※5)
指示は口頭だけでなく、図や表など視覚的な形式でも伝えるようにします。(※3)
数的な作業については、他のメンバーとの協力体制を整えることで負担を減らせます。(※3)

【心理的・社会的な支援】(※4)

  • 失敗や遅延に対して責めないフィードバック文化の推進
  • 「できないこと」が個性として受け入れられる組織風土づくり
  • 数的判断を要する業務はチーム内で分担する
  • 業務全体の成果で評価し、「数的正確さ」だけに焦点を当てない

見えにくい困難を支える職場づくりを

発達性ディスカルキュリアは見えにくい困難ですが、生活や仕事の中での影響は決して小さくありません。一人ひとりに合った支援と配慮があれば、力を発揮できる場面はたくさんあります。

人事や支援の立場にある人には、こうした困難への理解と、具体的な工夫によるサポートをお願いしたいと思います。多様性を尊重する職場づくりの一環として、発達性ディスカルキュリアへの対応に取り組んでみてはいかがでしょうか。

 

参考文献

※1 Devine, A., Soltész, F., Nobes, A., Goswami, U., & Szűcs, D. (2013). Gender differences in developmental dyscalculia depend on diagnostic criteria. Learning and Individual Differences, 23, 190–197. https://doi.org/10.1016/j.learninstruc.2013.02.004

※2 De Smedt, B., Grabner, R. H., & Studer, B. (2018). Developmental dyscalculia. In M. S. Cohen Kadosh (Ed.), The handbook of clinical neurology (Vol. 151, pp. 87–103). Elsevier.

※3 Vigna, G. et al. (2022). Dyscalculia in Early Adulthood: Implications for Numerical Activities of Daily Living. Brain Sciences, 12(3), 373.

※4 Kaufmann, L., von Aster, M., Göbel, S. M., Marksteiner, J., & Klein, E. (2020). Developmental dyscalculia in adults: Current issues and open questions for future research. Lernen und Lernstörungen, 9(2), 126–137. https://doi.org/10.1024/2235-0977/a000294

※5 Cortiella, C., & Horowitz, S. H. (2014). The state of learning disabilities: Facts, trends and emerging issues (3rd ed.). National Center for Learning Disabilities.

執筆者:津久井 伸明(つくい のぶあき)

津久井 伸明
  • 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 副主任研究員
  • 浜松医科大学 子どものこころの発達研究センター 特任研究員
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