赤ちゃんを抱っこしたとき、やさしくなでたとき、そっと小さな手で指を握り返してくれたとき――。
そんな何気ないふれあいの中で、赤ちゃんの感覚と運動の発達が育まれていることを知っていますか。
乳児期にもっとも早く発達する感覚が、肌に触れる「触覚」です(※1)。皮膚全体で外界を感じとることは、赤ちゃんにとって心と体の発達を支える第一歩となります。
抱っこやふれあいを通して、赤ちゃんが触れてもらうこと、そして赤ちゃん自ら何かに触れることは、成長の過程において重要であることが科学的に証明されています。子どもの発達科学研究所 副主任研究員の津久井伸明が解説します。
触れて、動いて、学ぶ 赤ちゃんの発達に欠かせない触覚
触覚は胎児期の早い段階から発達が始まり、生まれたときにはすでにほぼ完成しています(※2)。 とくに口の周りや手のひら、足の裏などは感受性が高く、赤ちゃんがこうした部位から「触れる」経験を積んでいくのはそのためです。
赤ちゃんは、皮膚を通じて外界の情報を収集し、自分の身体と環境の関係を学び始めます。たとえば、赤ちゃんが自分の手を口に入れる、布を触って感触を確かめる、お母さんの顔に手を伸ばす――。これらは単なる偶然ではなく、「触れて確かめる」という行動の始まりなのです。
さらに重要なのは、触覚と運動の発達が密接に結びついている点です。赤ちゃんは何かに触れることで手や腕の動かし方を調整したり、感触を頼りに物との距離を測ったりしています。つまり、触覚刺激が運動スキルの獲得を後押しするのです(※3)。
こうした体験の積み重ねが、自発的な移動や道具の操作といった、より複雑な運動へとやがてつながっていきます。
ついやってしまいがちな対応
赤ちゃんはか弱い存在です。私たち大人は育児のあらゆる場面で、「口に入りそうなものは手の届かないところにおこう」などと危険から守ってあげようと努めます。これらはとても大事なことです。
しかし心配が行き過ぎると、日々の暮らしのなかで触覚の発達にとってマイナスな関わり方をしてしまっていることも。ついやってしまいがちな対応には、次のような事例があります。
- 手や口に触れるものを極端に制限してしまう
- 抱っこを減らしてベビーベッド中心の育児にする
- 泣いてもすぐには触れず、ひとりで落ち着くことを期待する
こうした対応は、赤ちゃんにとって大切な触覚刺激や探索の機会を奪ってしまうことがあります。探索とは、赤ちゃんが手や口を使って、周りのものに触れることです。とくに、赤ちゃん自身が「自ら触れる行動」を制限してしまうと、感覚と運動の発達を妨げる恐れがあるのです。
科学的に望ましい対応とは?
では、赤ちゃんの「触れる」を育むための、科学的に望ましい対応について考えてみましょう。
触覚刺激は神経系の発達を促し、赤ちゃんの情緒にもよい影響を与えることが明らかになっています。とくにやさしくなでたり、抱きしめたりする行為は、「愛情ホルモン」として知られているオキシトシンの分泌を促進し、赤ちゃんのストレス反応を軽減する効果があるとされています(※4)。
また、赤ちゃん自身が自ら「触れる」ことにも大きな意味があります。多様な素材や温度、形に触れることで、脳の感覚統合が進み、探索行動への興味も高まるからです。つまり、大人が一方的に触れるだけではなく、赤ちゃんが自発的に何かに触れることができる環境づくりが、科学的に望ましい対応といえるでしょう(※5)。
そのためには、安全な範囲でさまざまな質感のおもちゃや布を用意したり、赤ちゃんが自由に手足を動かせるスペースを確保したりといった工夫が有効です。さらに、ふれあい遊びやマッサージの時間を日課に取り入れることも、親子双方にとって安心感と喜びをもたらす時間になるでしょう。
触れる=心と体を育てる「学びの瞬間」
「触れて、動いて、感じて」。この繰り返しが、赤ちゃんの心と体を育てる重要な土台になります。赤ちゃんにとって、触れることは学びであり、安心であり、自分自身や世界を理解する手段です。
日々の抱っこや遊びのなかには、そんな小さな「学びの瞬間」がたくさん散りばめられているのです。
執筆者:津久井 伸明(つくい のぶあき)

- 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 副主任研究員
- 浜松医科大学子どものこころの発達研究センター 特任研究員
- 博士(教育学)
参考文献
※1 Graven, S. N., & Browne, J. V. (2008). Sensory Development in the Fetus, Neonate, and Infant: Introduction and Overview. Newborn and Infant Nursing Reviews, 8(4), 169–172.
※2 Montagu, A. (1986). Touching: The Human Significance of the Skin (3rd ed.). Harper & Row.
※3 Gibson, E. J. (1988). Exploratory behavior in the development of perceiving, acting, and the acquiring of knowledge. Annual Review of Psychology, 39(1), 1–41.
※4 Uvnäs-Moberg, K., Handlin, L., & Petersson, M. (2015). Self-soothing behaviors with particular reference to oxytocin release induced by non-noxious sensory stimulation. Frontiers in Psychology, 5, 1529.
※5 Lobo, M. A., & Galloway, J. C. (2013). The onset of reaching significantly impacts how infants explore both objects and their bodies. Infant Behavior and Development, 36(1), 14–24.