先進7カ国の中でも若者の自殺率が高い日本。効果的な予防策が急がれるなか、子ども時代のポジティブ体験「PCEs」に着目した論文が国際誌「Frontiers in Psychiatry」に掲載され、いま注目を集めています。
高い自殺率にはどのような背景があるのでしょうか。また、PCEsが若年層にもたらす影響とは。
本研究で実施した5,000人対象の調査から見えてきたPCEsの自殺予防効果について、筆頭研究者である明治学院大学心理学部准教授/子どもの発達科学研究所 客員研究員の足立匡基氏に解説いただきました。
ASD・ADHD傾向がもたらす複合的なリスク構造
日本では 15~34 歳の若年層の死因第 1 位が自殺であり、これは主要先進国(G7)では見られない日本固有の深刻な特徴です(World Health Organization, 2019)。さらに、小中学生年代でも自殺者数は高止まりの状況が続き(厚生労働省, 2023)、予防的対策が大きな課題となっています。
私たちの研究グループは、この問題に取り組む一環として、日本の若者における自殺リスク要因と保護要因を明らかにし、効果的な支援策立案の手がかりを得たいと考えました。
自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder、以下ASD)や注意欠如・多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder:以下、ADHD)等の発達障がいの特性のある若者は、一般に自殺関連行動(自殺念慮や自殺企図)を多くとる可能性が高いことが繰り返し指摘されています (O’Halloran et al., 2022; Septier et al., 2019)。
ASDのある人は社会的なやりとりの困難さや強いこだわり等の特性から、社会的孤立やいじめ被害に遭いやすく、認知的柔軟性やストレス時の問題解決の困難さから逃げ場のない閉塞感を抱えやすいことが、自殺リスク上昇の一因とする研究もあります(Cassidy et al., 2022)。
実際、ある研究では一般人口における自殺者の7~15%がASD当事者だったとの報告もあり(Segers & Rawana, 2014)ます。また、イギリスの調査ではASD特性を持つ人は自殺で亡くなるリスクが一般人口と比較して、約11倍に上るという報告がありました(Cassidy et al., 2022)。
一方、ADHDのある人も強い衝動性や情動制御の困難さ、実行機能の問題などから自殺行動のリスクが高く、ある大規模研究ではADHD当事者の自殺関連行動の発生率が一般人口と比較して約5倍にもなると報告されています(Fitzgerald et al., 2019)。
既存の研究をまとめて検証した論文においても、ADHDはうつ病に次いで自殺念慮との関連が強い障がいであるという結果が示されました(Liu et al., 2022)。
さらにASDとADHDの特性はしばしば併存します。
実際、ADHDの子どもの一部(15~25%)にはASDに伴う社会的困難が認められるとの報告(Grzadzinski et al., 2016; Kotte et al., 2013)や、ASD児のおよそ30~80%にADHDを合併するというデータもあります(Ames & White, 2011; Stevens et al., 2016)。
このようにASDとADHDを併存する若者は、情緒面・行動面でより深刻な困難が生じやすく、単一の場合よりも自殺リスクが一層高まる可能性があります。
ADHD児のうちASD特性を示す子どもは、示さない子どもに比べて情緒のコントロール困難や対人関係・学業上の問題がより深刻であることが明らかになっているのです(Craig et al., 2015)。
さらに、こうした複合的な特性を持つ若者は、認知・行動面の困難に加え、幼少期から家庭環境や友人関係で逆境的体験( Adverse Childhood Experiences; 虐待や貧困、両親の不和等の過程の問題、いじめ等)」を有しやすい傾向があります。
ストレスへの対処スキルも十分でないため、リスク要因が幾重にも重なり合った「複合リスク構造」を抱えていることが指摘されています(Brown et al., 2017、Hoover & Kaufman, 2018)。
子ども時代の「肯定的な経験」とは?
子どもの発達に悪影響を与えるACEsに対し、近年注目されている保護因子が「肯定的な子ども時代の経験「PCEs(Positive Childhood Experiences)」です。
PCEsとは、子ども時代に得られる肯定的で支援的な人間関係や社会的経験、平たく言えば「子どもに安心感と信頼感、つながりをもたらす体験」を指す概念です
(Bethell et al., 2019)。
逆境的体験であるACEsの悪影響を和らげ、レジリエンス(心の回復力)を育む効果があると考えられています(Crandall et al., 2019;Bethell et al., 2019)。
PCEsとは具体的にどのような体験でしょうか。私たちの研究では国際的な先行研究にならい、次の7項目をPCEsとして評価しました(Bethell et al., 2019;Adachi et al., 2025)。
【7項目のPCEs】
- 家族に自分の気持ちを話すことができた
- 困難なときに家族が支えてくれたと感じた
- 地域の伝統行事に参加して楽しいと感じた
- 高校時代に所属意識(居場所)を感じられた
- 友人からの支援を感じられた
- 両親以外に自分に関心を持ってくれる大人が少なくとも2人いた
- 家庭内に安心や安全を感じられる大人がいた
いずれも子どもが「守られている」「大切にされている」と実感できる経験といえるでしょう。
Bethellら(2019)による米国ウィスコンシン州の成人6,000人超を対象に実施した調査では、PCEsの経験が6〜7項目ある人は、0〜2項目しかない人に比べてうつ病を抱えるリスクが72%も低いことが示されています。
また、PCEsの経験が多い人は、社会的・情緒的サポートを「常に得られている」と感じる割合も有意に高く、良好な対人関係や地域参加感とも結びついていました。
さらに重要なのは、この保護効果が「ACEsの有無に関わらず認められた」という点です。つまり、幼少期に困難な体験があったとしても、それを「上書きするように」PCEsが重なれば、その後の精神的健康にプラスの影響をもたらす可能性があるということを示しています。
自殺を考えたことがある日本の若者は3割超
私たちは、このPCEsが日本の若者、とりわけASD・ADHD傾向を持つ層の自殺リスクを下げる防護壁として機能しうるのではないかという仮説をもとに、調査を行いました(Adachi et al., 2025)。
2023年11月、全国の16~25歳の若者5,000人を対象に、オンライン調査を実施。ASD特性・ADHD特性とPCEs、および自殺リスクとの関係を分析しました。
参加者は日本全国47都道府県から人口構成に合わせて抽出し、年齢層ごとに均等に割り付けることで、日本の若者全体を代表するサンプルを確保しています。
調査ではASD特性とADHD特性の程度、上で述べた7項目のPCEs、そして「本気で死にたいと思ったことがあるか」「過去に自殺未遂をしたことがあるか」といった自殺念慮・企図の有無を質問しました。
その結果、まず若者の自殺念慮の実態が浮き彫りになりました。生涯に一度でも「本気で死にたいと考えた」経験がある人は全体の33.9%にも上り、自殺企図の経験者も5.6%に上ったのです。
実際に回答された自殺念慮の理由としては、「学校での問題」(27.8%)や「家庭での問題」(20.0%)が上位を占め、家庭と学校という身近な環境での困難が大きく影響していることが分かりました。
これは裏を返せば、家庭や学校での支え合いが不足したり居場所を失ったりすることが、若者を追い詰める一因になっている可能性を示唆しています。
5,000人調査で見えた自殺リスクを減らすPCEs効果
一方で、本研究の中心的な問いであったPCEsの保護的役割について、一定のエビデンスが得られました。
分析の結果、PCEsが多い場合、自殺リスクが低いことが分かりました。これは統計的に有意な結果であり、PCEsが若者の自殺リスクを減らす保護因子として機能していることを裏付ける結果です。
このPCEsと自殺リスクの関連はASD特性やADHD特性の有無に関わらず一貫して認められました。つまり、発達特性を高く有する若者だけでなく、そうでない若者にとっても、PCEsは自殺予防上、重要だということです。
さらにADHD傾向が強い若者においては、PCEsの効果がより顕著であり、PCEsが衝動性や感情調整の困難さに対する心理的な緩衝材として働いている可能性が示唆されました。
他方で、ASDとADHDの両方の特性を併せ持つグループでは、自殺リスクが最も高く、PCEsは全群で最も低い傾向も見られました。
複合リスクを抱えるこうした若者ほど、幼少期に十分な支えを得られず孤立を深めてしまっている現状が浮かび上がったと言えるかもしれません。
以上の結果から、私たちの研究は、日本の若者においてASD・ADHDといった発達特性による自殺リスクの上昇が確認されると同時に、子ども時代の肯定的な経験がそのリスクを減少させる重要な役割を果たしうる可能性を実証的に示しました。
言い換えれば、自殺リスクという課題に対して「リスク要因の軽減」だけでなく「保護要因の促進」という新たな観点を提供できたと考えています。
肯定的な体験は決して特別なものではなく、日常の人間関係や環境の中で育まれるものです。家庭・学校・地域社会のあらゆる場で子どもに安心とつながりを感じさせる関わりを増やすーー。そのことが、自殺予防につながる可能性が示された意義は大きいといえます。
後編ではPCEsの指標を活用した支援のあり方について述べます。
ASD・ADHD傾向の若者の自殺リスクを軽減する「子ども時代のポジティブ体験」について(後編)保護因子PCEsに着目した米国の支援体制の実践
執筆者:足立 匡基(あだち まさき)

- 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 客員研究員
- 明治学院大学心理学部 准教授
- 弘前大学大学院医学研究科 客員研究員
- 博士(人間科学)
■つらい気持ちになったときのオススメサイトや相談窓口
<こころが落ち着くサイト>
◆ 「こころのオンライン避難所」
https://jscp.or.jp/lp/selfcare/
気持ちを落ち着けるセルフケアの方法や相談先に関する情報、周囲の人の様子 がいつもとは違うことが気になった場合の対応方法などを紹介しています。相談窓口に連絡しても繋がらない時には、ぜひこちらに一時避難を!(JSCP 作成)
◆ 「かくれてしまえばいいのです」
https://kakurega.lifelink.or.jp/
生きるのがしんどいと感じているこども・若者向けの Web 空間。死にたい気持ちを抱えながらも安心して存在できるオンライン上の居場所として NPO 法人ライフリンクが開設。匿名・無料で 24 時間利用できます。
<電話やSNS による相談窓>
◆ #いのちSOS(電話相談)
https://www.lifelink.or.jp/inochisos/
◆ チャイルドライン(電話相談)
https://childline.or.jp/index.html
◆ 生きづらびっと(SNS相談)
https://yorisoi-chat.jp/
◆ あなたのいばしょ(SNS相談)
https://talkme.jp
◆こころのほっとチャット(SNS相談)
https://www.npo-tms.or.jp/service/sns.html
◆ 10 代20 代女性のLINE 相談(SNS相談)
https://page.line.me/ahl0608p?openQrModal=true
<相談窓口の一覧ページ>
◆ 厚生労働省 まもろうよこころ
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
◆ いのち支える相談窓口一覧(都道府県・政令指定都市別の相談窓口一覧)
https://jscp.or.jp/soudan/
<孤独・孤立対策の支援制度や相談窓口の検索サイト>
◆ あなたはひとりじゃない 内閣府 相談窓口等の案内
https://notalone-cao.go.jp/
・制度・窓口を探す
https://www.notalone-cao.go.jp/support/
・18 歳以下のみなさんへ
https://www.notalone-cao.go.jp/under18/
参考文献
O’Halloran, L., Coey, P., and Wilson, C. (2022). Suicidality in autistic youth: a systematic review and meta-analysis. Clin. Psychol. Rev. 93, 102144. doi: 10.1016/j.cpr.2022.102144
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厚生労働省(2023).『令和5年版自殺対策白書』https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsuhakusyo2023.html [Accessed June 13, 2025].
Septier, M., Stordeur, C., Zhang, J., Delorme, R., and Cortese, S. (2019). Association between suicidal spectrum behaviors and attention-deficit/hyperactivity disorder: a systematic review and meta-analysis. Neurosci Biobehav Rev. 103, 109-118. doi: 10.1016/j.neubiorev.2019.05.022
Cassidy, S., Au-Yeung, S., Robertson, A., Cogger-Ward, H., Richards, G., Allison, C., et al. (2022). Autism and autistic traits in those who died by suicide in England. Br. J. Psychiatry 221, 683-691. doi: 10.1192/bjp.2022.21
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