若者の自殺リスクが先進国でも高い日本の深刻な実態を踏まえ、より実効性のある自殺予防策が模索されています。さまざまな研究が進むなか、近年注目されているのが、子ども時代の前向きな体験「PCEs」が持つ保護的な力です(前編はこちら)。
そうしたPCEsを教育や医療、福祉の現場で可視化し、支援に生かすために生まれたのが、米国発の支援体制「HOPEフレームワーク」。実践的アプローチとして、国内でも関心が高まりつつあります。
同フレームワークの日本での活用可能性について、PCEs研究の第一人者である、明治学院大学心理学部准教授/子どもの発達科学研究所 客員研究員の足立匡基氏に解説していただきました。
HOPEフレームワークに学ぶ PCEsを支える実践的アプローチ
自殺予防などに重要な意味を持つとして、近年注目を集める保護因子PCEs。Positive Childhood Experiencesの略で、子ども時代に得られる肯定的で支援的な人間関係や社会的経験を指す概念です(Bethell et al., 2019)。
子どもに安心感と信頼感、つながりをもたらす体験であるPCEsは、逆境的体験による悪影響を和らげ、レジリエンス(心の回復力)を育む効果があると期待されています(Crandall et al., 2019;Bethell et al., 2019)。
私たちは今回、国内5000人を対象とする自殺リスクに関するオンライン調査を実施しました。本研究からは、特に支援ニーズの高いADHD傾向の強い若者などにおいて、PCEsの促進がより効果的であることが示されました(Adachi et al., 2025)。
このPCEsをいかに支援の現場で見出し、丁寧に育んでいくか。
この問いに対して、実践的な手がかりを与えてくれるのが、米国Tufts Medical Centerを拠点に展開されているHOPE(Healthy Outcomes from Positive Experiences : Sege and Browne, 〔2017〕; Tufts Medical Center, HOPE National Resource Center〔2021〕)というフレームワーク(枠組み)です。
HOPEは、子どもたちに直接関わる教育・医療・福祉の専門職が、PCEsの有無や質を多角的に把握し、それを出発点としてレジリエンス支援につなげていく枠組みです。
HOPEには柱となる4つのアプローチがあります。いずれも「何が不足しているか」ではなく、「何が既にあるか」に目を向けるという共通の姿勢に基づいています。
【HOPE4つのアプローチ】
- PCEs尺度
- BCEスクリーナー
- HOPEの「4つの基盤」
- ナラティブ・アプローチ
以下に4つの構成要素を見ていきます。
【1】PCEs尺度(Positive Childhood Experiences Scale)
PCEs尺度は、子どもや保護者が支援機関に初めて足を運んだ際に実施する7項目の質問票です。
たとえば小児科外来なら看護師や医師、学校ならスクールカウンセラー、家庭訪問なら保健師やソーシャルワーカーが担当し、タブレットや紙の質問票を用いて3分ほどで回答してもらいます。
合計点が0〜2点なら保護体験が乏しく、3〜5点は中程度、6点以上は保護体験が豊富と大まかに判定。
回答後に面談を行い、「経験がある」と回答された項目について「既にある強み」として共有します。「経験がない」とする項目を「HOPEの4つの基盤(下記参照)」に照らして次の目標を立てます。
得点と内訳は、ACEs(※)スコアと併せてケース会議資料に記載。教育・福祉・医療の多職種が共通言語として活用します。3〜6か月後に再測定し、点数が上がれば支援の効果を確認。変化がなければ方針を再検討します。
私たちの研究でも同様の尺度を使用しました。
※ACEs:Adverse Childhood Experienceの略。虐待や貧困、両親の不和等の過程の問題、いじめ等の逆境的体験。
【2】BCE スクリーナー(Benevolent Childhood Experiences Screener)
BCEスクリーナーは、逆境下にある子どもや家庭が「それでも得られていた良い経験」を拾い上げることを目的とした質問票です。10項目の Yes/Noで評定します。
「安心できる大人がいたか」「学校が好きだったか」「自分を好きだと感じたか」などを問う形式で、医療・福祉・司法分野の初動アセスメントで用います。
点数が低い場合は肯定的な体験が不足している恐れがあり、レジリエンスを意識した支援が必要となります。
反対に点数が高い場合は、既存の保護因子をどのように現在の生活に活かせるかを検討する契機とします。
【3】HOPE の「4つの基盤」(Building Blocks of HOPE)
HOPEの4つの基盤は、日常的な対話の中でPCEsを可視化するための実践的枠組みです。スコア化を目的としません。
支援者は、以下の4つの観点から子どもや保護者に問いかけます。
- 関係性(Relationships):あなたを気にかけてくれる人は誰ですか。
- 安心できる環境(Environment):どこで最も安心して過ごせますか。
- 関与(Engagement):家族や地域で一緒に楽しめる活動はありますか。
- 感情的健康(Emotional Growth):最近、誰かと気持ちを話しましたか。
このアプローチは、問題点を指摘するのではなく、「今、既にある支え」に気づき、それを中心に関係を再構築する視点を提供してくれます。学校での面談や家庭訪問、入院中の退院支援カンファレンスなど、多様な場面で応用できます。
【4】ナラティブ・アプローチ
ナラティブ・アプローチは、子ども自身の「できたこと」や「誇りに思う行動」に焦点を当て、その成功要因を言語化して共有する方法として位置付けられている質問手法です 。
不登校の児童に「少し登校できた日は、登校できなかった日と何が違ったのか」を尋ねたり、希死念慮を抱える若者に「自分を支えてくれた瞬間」を聞き出したりすることで、本人の中にあるレジリエンス資源を具体化します。
支援チームは、その語りを短い「強みのストーリー」にまとめ、ケース会議で共有します。そうすることで、支援方針を本人主体の肯定的な視点へとつなげるのです。
教育・医療・福祉が協働する包括的支援体制へ
このような知見を踏まえると、PCEsを支える取り組みは、個々の関係性の中だけで生まれるものではなく、教育・医療・福祉が連携し合う支援体制によって意図的に育まれるべきものであることが見えてきます。
こうしてHOPEフレームワークで提案されたツールや対話技法は、日本の現場にも応用可能であると期待されています。
■教育――GIGAスクール構想とスクールカウンセラー体制を軸に
全国の小中学校に1人1台端末と高速ネットワークを整備したGIGAスクール構想。これにより、心の健康調査や学校風土調査が、タブレットで迅速に実施できるようになりました。
たとえば、ここにPCEs尺度を組み込めば、学校やクラス単位で肯定的な経験の状況を可視化し、早期支援が必要な児童生徒を担任・スクールカウンセラー・養護教諭で共有できます。
文部科学省が配置を進めてきたスクールカウンセラーは、HOPEの「4つの基盤」に沿った面談を行い、低得点項目を担任と協議して学級経営や部活動指導に反映させる役割を担います。
例えば、所属感の乏しい生徒に対し、活動に参加する機会を調整して「自分は必要とされている」という体験に結びつけることも検討できそうです。
■医療・福祉――児童精神科外来・こども家庭センター・重層的支援体制整備事業
現時点では、児童精神科や発達外来においてPCEs尺度やACEs項目を聴取し、電子カルテに組み込む取り組みは非常に限定的です。
しかし、子どもの肯定的経験を可視化し、レジリエンスを強化する支援を意図的に進めていくうえで、こうした指標を診療・支援の標準的アセスメントに位置づけることの意義は大きいと考えられます。
また、2024年に施行された改正児童福祉法のもと、全国で設置が進む「こども家庭センター」は、医療と福祉の相談機能を一体化した新たな支援拠点として注目されています。
HOPEフレームワークのような「強みに基づく対話型アセスメント」の導入は、自治体ごとの裁量に委ねられているのが現状です。
しかし、今後はセンターの多職種が参加するようなケース会議において、PCEsの観点を組み込んだアセスメントツールや共有様式の整備が進むことで、より包括的で前向きな支援設計が可能になるものと思われます。
さらに、重層的支援体制整備事業においても、家庭訪問やアウトリーチ支援を担う地域支援チームが、PCEsやBCEの視点をもとに「家庭の中に残る保護的機能」に着目し、支援リソースとのマッチングを行うことが、重要な取り組みになる可能性があります。
現段階では、肯定的経験を測定するスクリーナーの活用は限定的ですが、将来的にはBCEスコアや4つの基盤を反映した個別支援計画書の標準化、PCEsの増加をアウトカムとするモデル事業の実施なども展望されます。
これらの制度的動きと、現場での実践が両輪となって進展することで、医療・福祉の各領域において「リスクの把握」にとどまらず、「強みを見つけ育てる支援」への転換が進むことが期待されます。
PCEsを通した切れ目のない支援を
重要なのは、こうした多方面の支援を切れ目なく連携させることです。
教育・医療・福祉などの機関が情報を共有し、PCEsという共通言語を持つこと。そのことにより、子どもを取り巻く支援ネットワーク全体が「守られる経験」を意図的に積み重ねる環境を作ることが可能になると考えられます。
前編でお伝えした通り、私たちの研究からは、特に支援ニーズの高いADHD傾向の強い若者などにおいては、自殺予防にPCEsの促進がより効果的であることが示されました。
そうした高リスク層に焦点を当てた支援プログラムの設計や、地域単位での多職種連携による見守り体制の構築は、今後の自殺予防体制の構築や精神的健康の維持・向上にとってきわめて重要な方向性です。
今後、日本でもこのような保護因子に着目した支援体制の構築が一層広がっていくことが期待されます。
執筆者:足立 匡基(あだち まさき)

- 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 客員研究員
- 明治学院大学心理学部 准教授
- 弘前大学大学院医学研究科 客員研究員
- 博士(人間科学)
■つらい気持ちになったときのオススメサイトや相談窓口
<こころが落ち着くサイト>
◆ 「こころのオンライン避難所」
https://jscp.or.jp/lp/selfcare/
気持ちを落ち着けるセルフケアの方法や相談先に関する情報、周囲の人の様子 がいつもとは違うことが気になった場合の対応方法などを紹介しています。相談窓口に連絡しても繋がらない時には、ぜひこちらに一時避難を!(JSCP 作成)
◆ 「かくれてしまえばいいのです」
https://kakurega.lifelink.or.jp/
生きるのがしんどいと感じているこども・若者向けの Web 空間。死にたい気持ちを抱えながらも安心して存在できるオンライン上の居場所として NPO 法人ライフリンクが開設。匿名・無料で 24 時間利用できます。
<電話やSNS による相談窓>
◆ #いのちSOS(電話相談)
https://www.lifelink.or.jp/inochisos/
◆ チャイルドライン(電話相談)
https://childline.or.jp/index.html
◆ 生きづらびっと(SNS相談)
https://yorisoi-chat.jp/
◆ あなたのいばしょ(SNS相談)
https://talkme.jp
◆こころのほっとチャット(SNS相談)
https://www.npo-tms.or.jp/service/sns.html
◆ 10 代20 代女性のLINE 相談(SNS相談)
https://page.line.me/ahl0608p?openQrModal=true
<相談窓口の一覧ページ>
◆ 厚生労働省 まもろうよこころ
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
◆ いのち支える相談窓口一覧(都道府県・政令指定都市別の相談窓口一覧)
https://jscp.or.jp/soudan/
<孤独・孤立対策の支援制度や相談窓口の検索サイト>
◆ あなたはひとりじゃない 内閣府 相談窓口等の案内
https://notalone-cao.go.jp/
・制度・窓口を探す
https://www.notalone-cao.go.jp/support/
・18 歳以下のみなさんへ
https://www.notalone-cao.go.jp/under18/
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