生まれてくる赤ちゃんにたくましく備わっている感覚が、味覚と嗅覚です。視力は未熟なまま生まれてくる一方で、味覚や嗅覚は胎児期から発達し、羊水や母乳を通じて多様な風味を経験します。こうして培われた感覚が、食への興味や安心感を育み、親子の信頼関係の基盤にもつながるのです。
小さな体に宿る味覚と嗅覚のパワーについて、子どもの発達科学研究所 副主任研究員の津久井伸明が解説します。
胎児期からお母さんの食事成分の味やにおいを経験
赤ちゃんがミルクをうれしそうに飲んだり、離乳食を警戒しながら少しずつ口に運んだり──。
こうした赤ちゃんの仕草は科学的に見ると、「味覚や嗅覚という感覚のはたらきによる反応」と捉えることができます。そしてこの2つの感覚は、ただの「味を感じる」「においをかぐ」だけのものではありません。
食への興味や安心感、そして親子の信頼関係の土台にも深く関わる大切な感覚です(※1)。
視覚など出生時には未熟な感覚もありますが、味覚や嗅覚は、妊娠後期からすでに機能していることが分かっています。
母体の食事の成分は、羊水や母乳に移行します。つまり、胎児のうちから羊水を通してさまざまな味やにおいを経験するのです。
これにより、赤ちゃんは出生後の嗜好にも影響する「味の記憶」が形成されると考えられています(※1)。出生後も母乳を通してさまざまな味やにおいを経験します。
では、母乳ではなく粉ミルクで育った赤ちゃんはどうでしょうか。研究によると、ミルクの風味を通して一貫した味経験を重ね、味覚の学習を行っているとされます。
ミルクは種類ごとに味の構成が異なります。たとえば牛乳ベースや大豆ベース、加水分解ミルクなどです。その風味の違いが、赤ちゃんの独自の味覚体験を生み出します(※1)。
また、離乳期の赤ちゃんになると、「味やにおいの世界」を探索します。見たものを自分の手でつかんで、口に運び、においや味を確かめていく――。
こうした一連の「食べる」という行為は、単に味覚や嗅覚の体験だけでなく、視覚や触覚、運動などの全てが関与する五感の総合体験へとダイナミックに変化し、脳の感覚統合を促進すると考えられています(※2)。感覚と運動を組み合わせることで、赤ちゃんが学びを深める機会になっていくのです。
香りの強い柔軟剤や香水はNG? ついやってしまいがちなNG習慣
赤ちゃんの味覚・嗅覚の感覚発達を妨げないために、日々の育児の中でどのようなことに気をつければよいのでしょうか。次のような望ましくない習慣が見られるケースがあります。
- 香りの強い柔軟剤や芳香剤、香水を日常的に使う
- 赤ちゃんが食べやすそうな味・香りに偏った食材選びになる
- 「においをかぐ・触る・味わう」時間を省略しがちになる
- 調理済み食品に頼りすぎて「素材の味」に触れる機会が減る
こうした習慣は、赤ちゃんの味覚・嗅覚の多様な学習機会を奪う可能性があります。特に、人工的な香料が強い環境では、赤ちゃんが保護者の自然なにおいを識別しづらくなることがあるため注意が必要です(※1)。
科学的に望ましい対応とは?
では、科学的にはどのような対応が望ましいのでしょうか。以下の3つのポイントがあります。
1.「繰り返しのにおいと味」が安心感を生む
赤ちゃんは日常的に経験している「同じにおい」や「同じ味」から予測可能性を学び、安心感を得ていくという研究があります(※1)。つまり、繰り返しが重要なのです。
母乳育児であれば、母親の食事によって変化する風味を経験し、ミルク育児では特定のミルクの風味を「いつもの味」と受け取り、安心を得ます。
つまり、母乳では、基本的な味わいや温もり、授乳環境などが一貫しているなかで、母親の食事によるささやかな風味の変化が加わり、赤ちゃんは「知っているなかでの違い」を楽しみます。
一方で、ミルク育児では常に安定した風味が繰り返されることが、安心の土台になります。
どちらの場合も、赤ちゃんにとって「予測できるにおいや味」が、感覚の安定と信頼感につながるのだと知っておきましょう。
2. 素材の香りと味を伝える工夫を
ニンジンの甘み、トマトの酸味、ごはんの香り。こうした自然な風味を赤ちゃんが自分で感じられる機会を大切にすることも、科学的に望ましい対応です。
食べものが本来もっている自然な風味を赤ちゃんが味わうことで、食べることへの興味や将来の食の好みにも良い影響を与えると考えられています(※3)。
初めての食材に戸惑うこともあります。しかし一度拒んだ食材も、時間をおいて繰り返し出すことで、受け入れてくれることが多くなります(※1)。
3. 香りも「ふれあい」の一部
保護者自身の自然なにおいや普段着の香りをそのまま届けることも、科学的に望ましい対応です。赤ちゃんは、保護者のにおいを通じて情緒的なつながりを感じ、より安心できる環境を得ることができます。
最近の研究では、嗅覚と視覚の相互作用が、乳児の社会的注意(顔を見る、表情を理解するなど)に影響する可能性が指摘されています(※2)。
ですから、香水や芳香剤、香りの強い洗剤を使うことは望ましくありません。 香りも「ふれあい」の一部なのです。
香りと味で育てる心とからだ
食べることは、栄養を摂るだけでなく「感じて、確かめて、楽しむ」行為でもあります。
母乳でもミルクでも、どちらでもかまいません。大切なのは、赤ちゃんが「この味・このにおいは安心」と思えるような、繰り返しの体験と信頼関係の中で感覚を育てることです。
毎日の食卓が、赤ちゃんの「感じる力」と「食べる力」の芽を育てていくのです。
執筆者:津久井 伸明(つくい のぶあき)

- 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 副主任研究員
- 浜松医科大学 子どものこころの発達研究センター 特任研究員
- 修士(教育学)
- 博士(小児発達学)
- 公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士SV
- 特別支援教育士資格認定協会 養成委員会委員
- 所属学会:教育心理学会、LD学会、DCD学会、児童青年精神医学会、脳科学会
参考資料
※1 Vatansever, S., & Garipoğlu, G. (2023). Development of Taste Sensation in Infants and Affecting Factors. BAU Health and Innovation, 1(3), 135–142.
https://jag.journalagent.com/bauhi/pdfs/BAUH_1_3_135_142.pdf
※2 Purpura, G., & Petri, S. (2023). Early Interplay of Smell and Sight in Human Development: Insights for Early Intervention With High‑Risk Infants. Current Developmental Disorders Reports, 10(4), 232–238.
https://link.springer.com/article/10.1007/s40474-023-00285-5
※3 Maier-Nöth A. (2023). The Development of Healthy Eating and Food Pleasure in Infancy. Nestle Nutrition Institute workshop series, 97, 62–71.
https://doi.org/10.1159/000529008








