文部科学省の調査によると、知的発達に遅れはないものの「学習面で著しい困難を示す」とされた学齢期の子どもは6.5%(※1)。つまり、35人学級のうち2~3人の子どもが学習障がいを持っている可能性がある、ということになります。しかし教育現場での対応は決して十分とは言えません。
一方、アメリカには読み書きに困難を抱える言語性学習障がい(LD:Learning Disabilities)を持つ子どもたちのための学校があります。今から50年以上前、1971年に設立されたランドマークスクールです。
日本でランドマークスクールを長年紹介し続けてきた、子どもの発達科学研究所 主席研究員の和久田学が、今年9月に現地を視察した最新レポートを2回にわたってお届けします。今回は小中学校編です。
「伝統」と「未来」が重なる再会
9月15日(月)、私は久しぶりにランドマークスクールの小中学校を訪れた。コロナ禍を経ての再訪は実に5年ぶりになる。
ランドマークスクールはアメリカ・ボストン郊外、大西洋を望む小高い丘にある。森に囲まれたキャンパスは、秋の気配を感じさせる澄んだ空気に包まれていた。蒸し暑さにあえぐ日本からやって来た私たちには、その涼やかさがとても心地よく感じられた。真っ青な空の下、長袖の上にさらにジャケットが必要になるほどの気候である。

抜けるような青空と小中学校の校舎
おそらく大抵の日本人の感覚では学校とは思えないであろう、美しくて洒落た校舎。元々は資産家の別宅だったと聞いたことがあるが、その佇まいを目にした瞬間、懐かしさがこみ上げてきた。
加えて、木々に映える美しい建物、明るく出迎えてくれる先生たち、そして子どもたちの生き生きとした姿である。改めてランドマークスクールを再び訪れることができたことの喜びを感じたのである。

和久田を出迎えてくれた前校長Rob Kahn氏(中央)と現校長のClaire Sullivan氏(左)
初めて訪問した20年ほど前から懇意にしてくれていたRob Kahn氏は既に校長職を退任していたが、その日、新校長Claire Sullivan先生と共に私たちを迎えてくれた。私たちの訪問に合わせて、わざわざ学校に顔を出してくれたのだ。
旧知の人と新しいリーダー。ふたりに出迎えられたその瞬間から、ランドマークスクールの「伝統」と「未来」が重なるように思えた。

現校長のClaire Sullivan氏と和久田
大きな変革の始まり
Claire Sullivan校長は「ランドマークスクールは今、大きな変革の最中にあります」と語ってくれた。
その1つは建物の改築だ。教室の配置はより使いやすく工夫され、広々とした新しいカフェテリアも完成していた。けれども、真に注目すべきは教育そのものの変革だった。

広々とした、明るく清潔なカフェテリア
まさに今年、2025年から大きく変わったことが2つある。
- 授業時間を70分に延長したこと
- 基礎的な学びを重視しながら、探究学習を取り入れたこと
ランドマークスクールはこれまで、短めの授業を重ねて子どもの集中をつないできた。だが最新の研究を踏まえ、「情報を整理し深めるにはより長い時間が必要だ」と判断したのだ。
もちろん、子どもの集中力が15〜20分程度しか続かないことは織り込み済み。そこで授業内に「Transition」と呼ばれる短い切り替え活動を意図的に取り入れ、メリハリのある70分をデザインしている。
もう1つの変革は探究学習だ。ランドマークスクールが最も大切にしてきた「基礎の徹底」を守りながら、子どもたちが自ら問いを立て、学びを広げていく要素を加えた。これら、カリキュラムに関する変革は、2年前から準備を進め、この夏から本格的に始まったばかりだという。
なぜ70分の授業が可能なのか
私たちは授業を見学する中で、子どもや先生に率直に尋ねてみた。
「70分は長すぎない?」
「前の方が良かったと思わない?」
返ってきた答えは意外なほど明るく前向きだった。
「70分になって、情報を深められるようになった」
「集中が切れても、Transitionでリフレッシュできる」
実際に参観した授業は、70分があっという間に過ぎていった。教師は高いスキルで子どもの注意を引きつけ、教材は豊富で分かりやすく、教え方には一貫したスタイルがある。
授業の節目ごとに小さな活動を挟むことで、子どもたちの集中が持続していた。長い授業を成立させるための条件、「教師の力」「教授法の統一」「教材の充実」が揃っているからこそ、70分という授業時間が意味を持つのだろう。
ランドマークスクールの教師たちは皆、明るく自信に満ちている。全員が修士以上の学位を持ち、ランドマークスクール独自の教授法を深く学んでいるからだ。専門性の高さと情熱が一体となり、迷いのない指導を可能にしている。
また、子どもたちは「できない自分」を抱え込んではいない。地元の小中学校にいたときには、学習障がいに起因する「できない体験」を積み重ね、自己肯定感の低下に苦しんでいた子どもたちが、ここでは的確なアセスメントと個別化された指導を受け、「できる自分」を見出しているからだ。

「期待される行動」が、生徒だけでなく教師にも提示されている
学校生活に前向きでいられるのは、全ての教師による温かな雰囲気、支援、環境そのものが子どもたちに対して「あなたは大切な存在だ」と語りかけているためだ。カウンセラーも十分に配置されており、子どもたちはいつでも誰かの支援が受けられる状態にある。
理想ではあるが、なかなかできることではない。
7年生の女子生徒との対話
訪問中、2人の7年生(日本の中学1年にあたる)の女子生徒が、校内を案内してくれた。ツアーの最後に、私は思い切って質問を投げかけた。
「前にいた公立の学校と、ランドマークスクールは何が違う?」
彼女たちは迷わず答えた。
「全然違う。前の学校では、自分はできないと思っていた。でもここに来て、学べることがたくさんあるとわかった。半年もしないうちに、自分の可能性を見つけられて、自分が変わったって実感できた」
2人の言葉は力強いものだった。Claire校長によれば、ランドマークスクールにはIQが高いものの読み書き障害を抱える子どもが多く、そうした子どもはランドマークスクールの授業を受けると一気に力を伸ばすという。目の前の2人も、その典型的な例だったのだろう。
さらに今後の進路について聞いてみると、それぞれ違った答えが返ってきた。
1人は、このまま高校生活もランドマークスクールで過ごしたいというもの。もう1人は、地元の高校で挑戦してみたい、というもの。
地元の高校に戻りたいという女子生徒は、毎日、通学に片道1時間半をかけており、その負担の解消も目的の1つなのだそうだ。
ランドマークスクールは特別な学校なのである。この学校に通うために、家族で近くに引っ越してくる者もいるという。それに数々の奨学金制度があるものの、授業料も高額である。必要とする子ども、全てが通うことはできないが、こうした負担を強いてでも通わせたくなる学校であるとも言えるだろう。
「個別化」と「共同体感覚」を両立するランドマークスクール
もう1つ、ランドマークスクールの新しい取り組みを知って驚いた。それは昨年度から導入された「Houseシステム」である。Houseとは、生徒だけでなく教師も含めたチームのようなもの。ハリー・ポッターに登場する魔法学校のように、子どもたちも先生たちも、ラテン語で東西南北を示す次の4つのHouseの中の1つに所属する。
- Septentrio(セプテントリオ):北
- Oriens(オリエンス):東
- Meridies(メリディエス):南
- Occidens(オクシデンス):西
ランドマークスクールのモットーである「エンパワーメント(力づけ)」「探究心」「個性の尊重」を体現する仕組みとして、Houseごとに日常の行動や活動にポイントがつけられ、年間を通じて競い合うのだそうだ。

4つのHouseが獲得したポイントは暖炉上のボールの数で分かる
昨年度末には優勝Houseの発表が盛大に行われ、大いに盛り上がったという。教師も子どもも同じHouseに所属するため、縦のつながりや仲間意識が強まる効果がある。ランドマークスクールが「個別化」と「共同体感覚」を両立させていることを示す好例だと感じた。
ランドマークスクールは常に子どもを大切にしてきた。その姿勢は半世紀を超えても変わらない。けれども同時に、新しい教育的挑戦を恐れず続けている。
70分授業への移行、探究学習の導入、Houseシステムの開始。いずれも「伝統を守りながら革新する」姿勢の表れだ。変わらないものと変わり続けるもの。その両立こそが、ランドマークスクールを特別な学校にしているのだろう。
今回の訪問で、ランドマークスクールが「質」と「挑戦」を兼ね備えた学校であることを改めて実感した。そして、7年生の女子生徒が語った「自分の可能性を見つけられた」という言葉は、教育が子どもの人生を変える力を持つことを教えてくれた。
明日はランドマーク・ハイスクールを訪れる予定だ。小中学校で育まれた子どもたちが、どのように力を伸ばし、未来へ羽ばたいていくのか。その姿を次回のレポートでお伝えしたい。

前校長Rob Kahn氏、和久田
執筆:和久田 学(わくた まなぶ)

- 公益社団法人子どもの発達科学研究所 所長・主席研究員
- 大阪大学大学院 大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学 連合小児発達学研究科 招聘教員
- 博士(小児発達学)
- 専門は発達心理学、教育学
- 所属学会:特殊教育学会、LD学会、自閉症スペクトラム学会、子どもいじめ防止学会
参考文献
※1 通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果(令和4年)について(2022、P.4)









