思春期の子どもが感情的になったとき、親や教員が「落ち着いて」と声を掛けても、逆効果になることがあります。背景には、情動をつかさどる「Hot Brain」が暴走しやすく、抑制を担う「Cool Brain」とのバランスが崩れやすい脳の発達が関係しています。
だからこそ、思春期を迎える前にCool Brainを育てる経験が欠かせません。鬼ごっこや外遊びなど夢中になれる体験を通じて興奮し、そこから気持ちを落ち着ける経験を積むことが、抑制力を育てる土台になります。子どもの発達科学研究所 所長で主席研究員の和久田学氏が、思春期前に知っておきた心の備えについて脳科学の視点から解説します。
思春期の暴走を抑える力は「興奮」の経験から育つ
思春期の子どもが感情的になるのは、情動の脳「Hot Brain(大脳辺縁系)」が暴走しやすいためです。こんなとき、周囲の大人は感情的になるのではなく、時間を置いて落ち着くのを待ったり、深呼吸や散歩など体を使って気持ちを落ち着かせたりと、冷静な対応が求められます。

Hot Brain と Cool Brain
とにかくHot Brainが優位になりやすい思春期。思春期に入る前に、抑制の脳「Cool Brain(大脳皮質)」をしっかり育てておくことが重要です。
多くの親や教員は、騒がしい子どもたちに対して「静かにしなさい」「落ち着いて」など、抑制を働かせるような言葉を掛けていますが、このやり方には実は大きな問題が隠れています。
誤解してはいけないのは、抑制力は「興奮しないこと」で鍛えられるのではないということ。抑制は、十分に興奮する経験と、そこから実際に情動を抑制する経験を積むことにより身につきます。つまり、逆説的ではありますが、Cool Brainを育てたければ、興奮させなければなりません。
車の運転に例えて考えてみましょう。のろのろ運転ばかりしている車は、ブレーキを効かせるチャンスがありません。むしろアクセルを目一杯踏み込んで、スピードを上げて走ってみる経験があってこそ、ブレーキを効かせる練習をすることができます。
Hot BrainとCool Brainの関係はそれに似ています。
脳は興奮したとき、神経細胞が活発に発火し育っていきます。適切な興奮の機会があってこそ、脳はより健やかに発達していきます。子ども時代には、脳の発達の視点から、夢中になって遊ぶ経験が必要です。そして、その夢中になれる豊かな遊びこそ、Cool Brainを育てるチャンスなのです。
幼少期はデジタルより豊かな体験を 夢中で遊ぶことの価値
では、「夢中になれる遊び」とはどういう遊びでしょうか。かつての子どもたちは、昼間は外で夢中になって全力で遊び、夕方には家で落ち着いて過ごす生活を自然に送っていました。
- 昼間:鬼ごっこや野球、探検ごっこで感情を解放、十分に興奮して遊ぶ(Hot Brain)
- 夕方:遊びを終えて静かになり、その日の出来事を振り返る(Cool Brain)
このサイクルが、Hot BrainとCool Brainの発達に理想的な環境を作っていました。
一方、今の時代は幼少期からデジタルコンテンツに触れる機会が増えました。動画を見たりゲームをしたり、ということです。
これら全てが悪いとは言いませんが、デジタルでの体験は、身体や感覚への刺激が不十分です。脳の発達を促すには効果が限定的である可能性があります。
しかもデジタルでの遊びは、時間帯を選びません。遅い時間まで脳の一部が興奮を続け、ボタン1つでプツンと途切れてしまう、つまり適切な脳の興奮と抑制という経験を積めていない可能性があります。
幼少期こそ、豊かな体験を通して身体や感覚を刺激し、興奮して友だちと一緒に遊ぶ経験が必要です。そして、遊び疲れたところで、ゆっくりと気持ちを落ち着けて、自宅に戻って、家族とともに夕食をとります。
その中で、今日の出来事を「言葉」で振り返るーー。そんな当たり前なことこそ、子どもの脳を健全に育てるために必要であり、それが思春期の備えになっていると考えられているのです。
抑制の脳の発達のために家庭や学校でできる工夫
もちろん、今の時代、それが難しい家庭や環境にある子どもも少なくありません。そこで、家庭や学校、幼稚園や保育園などで、次のことを心がけてみてはどうでしょうか。
1.興奮して遊ぶ「場」と「時間」を保障する
身体を動かし、感覚的な刺激をたくさん得て、友だちと一緒に思い切り遊ぶことができる「場」と「時間」を確保します。
鬼ごっこ、かくれんぼ、砂場遊び、ブランコ、かけっこ、木登り、どろんこ遊びなど、何でもよいのです。大人が子ども時代に「楽しかった」と思えたことは、なるべく子どもたちに体験させ、楽しい時間を作るようにしましょう。
こうした体験が、脳の発達を全体的に促すだけでなく、Cool Brainの発達を支えます。
2.感情や気持ちを言葉にする習慣を育てる
Cool Brainの発達は、言葉の発達と相関します。自分の感情、気持ちを言葉にして表現することは、大人になってからも必要なこと。特に不安や怒り、悲しみ、つらさなど、ネガティブな感情こそ表現することが大切です。
感情を言葉にしたとき、Cool Brainが働き出します。無理に言葉にさせるのではなく、気持ちが言葉になるように支援しましょう。
脳の発達には時間がかかるものです。このような活動を繰り返していくと、すぐには変わらないけれど、少しずつ少しずつ、脳が発達し、言葉で表現すること、つまりCool Brainが発達していく可能性が高まります。
感受性豊かな思春期の脳って素晴らしい
これまで、思春期の脳の難しさや思春期の嵐にどう対応すべきか、もしくは嵐に備えるために何をすべきかについて解説してきました。
こうして考えると、思春期の問題が注目され、「思春期なんてない方がいい」と思うかもしれません。でも、そうではありません。この時期だからこそ、味わうことができる素晴らしい体験があります。
おそらく、大人である皆さんも、思春期の輝き、素晴らしさを体験しているはずです。
例えば、感受性が飛躍的に高まり、さまざまなことに心を動かされます。音楽や芸術、スポーツ、友情や恋愛――そのどれもが深く胸に響き、人生の価値観をかたちづくります。
また、リスクを取ってでも挑戦したくなる気持ちが湧き上がる時期です。こうした力が、新しい世界に踏み出し、自分を成長させる原動力になります。
失敗も成功も、この時期の経験は強く記憶に刻まれ、その後の人生を支える土台となるのです。
これらはHot Brainが活発であるからこそ。親や教師は、この感受性と挑戦心を「危険だからやめさせる」のではなく、「安全な形で活かす」よう促す工夫が必要です。
大人も一緒に思春期を楽しむつもりで
私たち大人は、思春期の輝く子どもたちに触れる中で、かつて自分たちが味わったその貴重な瞬間を一緒に楽しみ、そのエネルギーを応援することが必要なのではないでしょうか。
思春期は、感情が揺れ動く成長期であり、同時に人生で最も感受性豊かで挑戦意欲にあふれる輝かしい時期です。脳の発達を理解し、Cool Brainを育てるサポートを続けながら、このエネルギーを親や教師も共に楽しみ、支えていきましょう。
子どもたちが安心して挑戦し、感動し、自分の世界を広げていけるよう、思春期を迎える前から備えを始めてみませんか。
執筆:和久田 学(わくた まなぶ)

- 公益社団法人子どもの発達科学研究所 所長・主席研究員
- 大阪大学大学院 大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学 連合小児発達学研究科 招聘教員
- 博士(小児発達学)
- 専門は発達心理学、教育学
- 所属学会:特殊教育学会、LD学会、自閉症スペクトラム学会、子どもいじめ防止学会









