いじめ動画の拡散が社会問題化していることを受け、政治の世界においても「いじめ対策」が一つの争点となりつつあります。この動きをより良い方向に進めていくためには、どのような視点や知識が必要になるのでしょう。公益社団法人 子どもの発達科学研究所 主席研究員の和久田学が解説します。
「出口」の議論だけでは笑顔は取り戻せない
昨今、SNSで拡散される凄惨ないじめ暴力動画が社会に大きな衝撃を与えています。あまりに卑劣な行為を前に、「加害者に厳罰を」という声が上がるのは、被害者の苦しみに寄り添おうとする社会の健全な怒りの現れだと思います。
これは政治家の方についても同様です。今回の衆議院議員選挙においても、公約にいじめ対策を掲げている政党があると聞いているほか、複数の議員の方よりヒアリングの依頼などもいただいています。これまで「学校の壁」に阻まれてきたこの問題に、政治が正面から向き合おうとする強い意志の表れとして心強く感じています。
しかし、いじめ問題の解決を志す政治家の方々に、専門家の立場からお伝えしたいことがあります。それは、「厳罰化という『出口』の議論だけでは、子どもたちの笑顔は取り戻せない」ということです。私たちが目指すべきは、いじめという悲劇を「生まない、育てない、見逃さない」ための、科学的根拠に基づいた包括的な仕組みづくりではないでしょうか。
科学的視点を教育現場の「地図」に
医療の世界でエビデンスに基づいた治療が当たり前であるように、いじめ対策も科学的なアプローチが必要です。その中心となるのが、欧米で高い成果を上げている「RTI(介入への反応)モデル」という考え方。これは、対策を三つのステップで積み上げる「三段構え」の戦略です。
第一のステップは、すべての児童生徒を対象とした「予防」です。ここで鍵となるのが、「傍観者教育」です。いじめは「加害者」と「被害者」だけで起きるものではありません。周りでそれを見ている「観衆」や、見て見ぬふりをする「傍観者」がいじめの空気を形作ります。
逆に言うと、そうした傍観者までを対象に「もし『いじめ』かもしれないような、誰かが傷つけられている場面を見かけたら、自分に何ができるか」を具体的に学ぶプログラムを実施することで、クラスの空気を劇的に変え、いじめを効果的に予防できることが証明されているのです。
第二のステップは、「早期発見と早期解消」です。いじめが深刻化し、動画が拡散されるような事態になる前には、必ず小さな予兆があります。発達上の特性によるコミュニケーションの行き違いや、家庭環境の悩み、メンタルヘルスのアラートなどです。
これらをいじめの問題として切り離すのではなく、子どもの発達支援という大きな枠組みの中で捉え、スクールカウンセラーやソーシャルワーカーが日常的に介入できる体制が必要です。
そして第三のステップが、残念ながら起きてしまった深刻な事案への「徹底的介入」です。ここで初めて、「厳罰化」や「警察との連携」などが重要な意味を持ちます。
被害者の安全を最優先にし、加害者には自らの行為の重さを自覚させる。しかし、それも単なる排除で終わらせるのではなく、なぜそのような行動に至ったのかという背景を探り、更生へとつなげる視点が欠かせません。
今回のいじめ動画の拡散問題は、こうしたRTIモデルにおける「予防」「早期発見と早期解消」「徹底的介入」という全てのステップが十分に機能しなかった結果である可能性があります。つまり、厳罰化などの第三ステップのみを強化するだけでは事足りないと考えられるのです。
縦割りを排し、子どもを真ん中に置く
一方で、こうしたRTIモデルに基づいた、いじめを「生まない、育てない、見逃さない」ための「包括的モデル」を教育現場に実装するにあたって、政治の力は不可欠です。いじめ、不登校、発達障害、そして心の健康。これらは子どもの中で地続きになっています。これらを別々の窓口で扱うのではなく、一人の子どもを多角的な視点で見守る「チーム」をすべての学校に配置するような、大胆な構造改革を期待しています。
いじめを「個人の資質の問題」や「学校の責任」だけに閉じ込めてはなりません。いじめは、社会のひずみが子どもたちの集団に現れた「サイン」でもあります。
「厳しい罰があるからやめる」のではなく、「自分も周りも大切にされる居場所があるから、いじめなんて必要ない」。子どもたちがそう思える社会を、私たち大人が手を取り合って作っていきませんか。
科学的な知見を政策に反映させ、教育現場を孤立させないための橋渡しとなること。それこそが、未来を担う子どもたちのために政治が果たせる、最も優しく、かつ力強い役割だと信じています。専門家として、私たち(公益社団法人 子どもの発達科学研究所)はそのための知恵を惜しみなく提供する準備ができています。共に、すべての子どもが安心して朝を迎えられる学校を作っていきましょう。
執筆:和久田 学(わくた まなぶ)

- 公益社団法人子どもの発達科学研究所 所長・主席研究員
- 大阪大学大学院 大阪大学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学 連合小児発達学研究科 招聘教員
- 博士(小児発達学)
- 専門は発達心理学、教育学
- 所属学会:特殊教育学会、LD学会、自閉症スペクトラム学会、子どもいじめ防止学会
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