子ども時代の経験は、大人になってからの心や体の健康、そして人との関わり方にも影響を与えることがわかってきました。家庭や学校での「つらい体験(ACE)」が悪い影響を及ぼす一方で、家族や友達、大人たちのあたたかな支えとなる「よい体験(PCE)」が、そうした影響を和らげてくれる可能性も注目されています。
今回は、最新の研究をもとに、子どもたちの成長を支えるヒントを紹介。子どもの発達科学研究所 主席研究員の和久田学が解説します。
子ども時代の経験が、人生を左右する?
「子ども時代の経験が、その後の人生に大きく影響する」。そう聞いて、皆さんはどう感じますか?
「そりゃそうだ」とうなずく方もいれば、「でも大人になれば関係ないのでは」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、近年の研究によれば、子ども時代の経験は大人になってからも影響することがわかっています。特に、子ども時代に傷ついた体験は、大人になってからの心や体、社会との関わり方にまで深く影響します。
こうした「子ども時代の体験の影響」を研究したのが「ACE(エース)」研究です。
一方で、最近では、「子ども時代のよい体験」が、ACE、つまり子ども時代の傷付いた体験による影響を和らげるのではないか、という新たな視点での研究が進められています。この「子ども時代のよい体験」のことを、PCE(ピース)と呼びます。
「傷つき体験(ACE)」と「よい体験(PCE)」という両面から、子どもたちの未来を守るために私たち大人ができることを考えていきます。
ACEとは、子ども時代に経験した「つらい体験」
ACE(Adverse Childhood Experiences)とは、日本語で「逆境的小児期体験」と訳される言葉です。逆境的とは、虐待や家族の問題など、子どもにとって大きなストレスとなる経験を指します。
1990年代、アメリカで1万7千人以上の成人を対象に行われた調査(CDC-Kaiser Permanente ACE Study)では、ACEについて次のようなことが分かりました。
- ACEは、よくあることである。 アメリカ人の約3人に2人が、少なくとも1つのACEを経験している。
- ACEの影響は大きく、長く続く。 たとえば、4つ以上のACEがあると、自殺企図のリスクは7倍、アルコール依存は5倍になる。寿命が20年短くなる可能性も指摘されている。
- どのACEが問題かではなく、数が重要。 ACEの数が増えるほど影響は深刻になる。
つまり、子ども時代の「つらい体験」は、心の病気だけでなく、身体の健康や社会での生きづらさにもつながっているのです。その影響の大きさに、改めて衝撃を受ける人も多いのではないでしょうか。
日本では、家庭よりも学校でのACEを経験した人が多い
当初のACE研究は、主に家庭内の問題(虐待、暴力、親の精神疾患など)に注目していました。しかし、研究が進むにつれ、「家庭の外」にある傷つき体験にも目が向けられるようになりました。
たとえば、地域の暴力の目撃、差別、災害、移民の苦労などが該当します。とりわけ日本では、「学校での傷つき体験」が非常に重要です。
私たちの研究グループでは、いじめ被害、教師の不適切な指導による学校での傷つき体験を「学校ACE」と名付け、家庭内のACE研究(「従来型のACE」)との比較を行いました。
具体的には、20才から34才の日本人4,000人を対象にWebによる調査を行い、どれだけの日本人が従来型のACEもしくは学校ACEを持っているかと、その影響を明らかにしました。
その結果、従来型のACEの体験者は全体の約36%であるのに対し、学校ACEの体験者は55%に及びました。また、どちらのACEも成人期のメンタルヘルスに関連しているものの、「引きこもり」については学校ACEだけが関連していることが明らかになりました。
つまり、日本では、従来型のACE経験より、学校ACE経験をする人の方が多く、また、学校ACEの影響の方がより深刻であることが明らかになったのです。
すでに傷ついた子どもを支えるにはどうする? PCE(よい体験)がACEの悪影響を和らげる
ここで大切な問いが生まれます。
ACEを減らすことは大切である一方で、既にACEを体験してしまった大人や子どもにはどうすればいいのか、という問いです。
実は、ACE研究はその答えを明確には示していませんでした。そこで新たに注目されたのが、「PCE(ポジティブな子ども時代の体験)」という視点です。
PCE(Positive Childhood Experiences)は、子ども時代に受けた、あたたかく、支えられた体験を指します。アメリカの研究者ベセルらが行った調査では、以下の7つの項目がPCEとして特定されました。
- 自分の気持ちについて家族と話すことができた
- つらいとき、家族がそばにいて支えてくれた
- 地域の行事に参加して楽しんだ経験がある
- 学校で、自分が集団の一員だと感じた
- 友達に支えられていると感じた
- 親以外の少なくとも2人の大人が、自分を気にかけてくれていた
- 自宅は安全な場所だったと感じた
そして驚くべきことに、7つのうち3つ以上があると、たとえACEがあってもその悪影響が大きく軽減されるというのです。
PCEは「特別なこと」ではなく、日常生活の中にある
PCEに共通しているのは、「特別な支援」や「高額な教育」ではないという点です。たとえば、家族や友達、大人とのあたたかい関係、地域や学校でのつながりや居場所、安心して過ごせる生活空間などが該当します。
これらは、私たちの社会や日常生活の中にもあるものです。そして、意識していけば、誰もが子どもに届けられる体験でもあります。
私たち大人にできることは、傷つき体験(ACE)をなくす努力だけではありません。むしろ、「PCEを見つけて、育てて、増やしていくこと」も同じくらい重要です。たとえば、次のことが挙げられます。
- 家庭では、子どもの話を聞き、感情を共有すること
- 学校では、いじめを見逃さず、すべての子どもに「居場所」をつくること
- 地域では、顔の見える関係や安心できる行事を大切にすること
PCEは、私たちの手の中にあります。そして、それはどんな支援よりも、子どもたちの未来への投資になるのです。
今ここから、PCEという希望の種をまこう
ACE研究は、子ども時代の傷つきがいかに人生に影響を与えるかを教えてくれました。けれど同時に、PCE研究は私たちにこう語りかけてくれます。
「今からでも間に合う。あなたの関わりが、子どもの未来を変える」
たった一人でも、自分を気にかけてくれる大人がいた、つらいときに話を聞いてくれた、そんな体験は、子どもたちにとって一生の財産になります。
未来を生きるのは、子どもたち自身です。けれど、その未来に向かう力を与えるのは、今ここにいる私たち大人なのです。
参考文献
- Felitti VJ, Anda RF, Nordenberg D, Williamson DF, Spitz AM, Edwards V, et al. Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. The adverse childhood experiences (ACE) study. Am J Prev Med. (1998) 14:245–58. doi: 10.1016/S0749-3797(98)00017-8
- Bethell C, Jones J, Gombojav N, Linkenbach J, Sege R. Positive childhood experiences and adult mental and relational health in a statewide Sample: associations across adverse childhood experiences levels. JAMA Pediatr. (2019) 173:e193007. doi: 10.1001/jamapediatrics.2019.3007
- Wakuta et al. (2023). Adverse childhood experiences: impacts on adult mental health and social withdrawal. Frontiers in Public Health https://doi.org/10.3389/fpubh.2023.1277766
執筆者:和久田 学(わくた まなぶ)

- 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 所長 主席研究員
- 大阪大学大学院 連合小児発達学研究科 招聘教員