赤ちゃんが、生まれて最初に出会う世界のひとつが「音」です。お母さんやお父さんの声、生活音、やさしい音楽など、周囲にあるさまざまな音が、赤ちゃんにとっての「安心」や「関心」の入り口になります。じつは、こうした日常の音体験が、赤ちゃんの言語や社会性の発達にも深く関わっていることが、近年の研究で明らかになってきています(※1)。生まれたばかりの赤ちゃんに必要な音とは、どんな音なのでしょうか。子どもの発達科学研究所 副主任研究員の津久井伸明が解説します。
お母さんの声がわかる 赤ちゃんの不思議な聴覚
大きくなった妊婦のお腹に向かって話しかけた経験はありませんか。こうした声は、胎児の耳に届いているのでしょうか。じつは赤ちゃんの聴覚が働き始めるのは胎児期の後期(妊娠約25週)から。胎児は子宮内の環境で特有の音(母親の声、心音など)を聞きながら発達し、音の認知・記憶の基盤を形成しています。
羊水などの影響で私たちと聞こえ方はちがうものの、さまざまな音に反応するとされています(※2)。
したがって、生まれた直後の赤ちゃんも聴覚は働いています。周囲の音に敏感に反応するのはそのためです。新生児はとくに人の声、とりわけ母親の声に強く引き寄せられることで知られています。この傾向は、生後数か月でさらに明確になり、赤ちゃんは次第に自分の名前や特定のパターンの「言葉」に注意を向けるようになるのです(※3)。
このように、赤ちゃんは生まれながらにして「音に意味を見出す力」を持っており、日々の音環境がその力を育てています。
ついやってしまいがちな日常習慣
日ごろから音を聞き分けている赤ちゃんですが、大人たちはどのような音環境づくりを心がけてあげればよいのでしょうか。生活の中でついやってしまいがちな日常習慣には、次のような事例があります。
- 赤ちゃんに話しかける頻度が少ない
- テレビやラジオをつけっぱなしにしている
- 騒がしい場所で長時間過ごさせている
これらは一見小さな問題に思えるかもしれません。しかし、赤ちゃんの聴覚にとっては、意味のある音(人の声)と意味のない音(雑音)との区別を学ぶ妨げになり、音への敏感さを鈍らせてしまう可能性があります(※4)。
とくに無目的に流される音が多い環境では、赤ちゃんの注意が分散しやすく、言葉のリズムや抑揚など、言語発達の基礎となる要素を聞き取る力が育ちにくくなるおそれがあります。
過剰な音刺激は、赤ちゃんにとってストレスになることも。場合によっては、睡眠や集中の妨げになることがあるので注意が必要です(※5)。
科学的に望ましい赤ちゃんへの話しかけ方
赤ちゃんに向かって話しかけるとき、どんな話し方になりますか。多くの人が自然と高めの声、ゆっくりしたテンポ、はっきりした抑揚を使って、話しかけているのではないでしょうか。
これは「インファント・ダイレクテッド・スピーチ(乳児向け話法)」と呼ばれ、赤ちゃんの注意を引き、音の特徴に気づきやすくする働きがあるとされています(※1)。つまり、科学的にも望ましい赤ちゃんへの話しかけ方を、私たちは自然と実践しているのです。
さらに、こうした話しかけは、赤ちゃんの脳の音処理に関わる領域の活動を高めることがわかっています。要するに、「よく話しかける」ことは、聴覚の刺激だけでなく、言葉の理解力を育む土台づくりにもなっているのです。
ここでもうひとつ大切なポイントがあります。それは、適度に静かな環境をつくることです。
静かで安心できる時間を確保することは、耳を休めるだけでなく、赤ちゃんが聞いた音をゆっくり処理する大切な時間でもあります。
赤ちゃんと一緒に音を楽しむ体験を
赤ちゃんの聴覚は「聞く力」だけでなく、「音を楽しむ心」を育てる感覚でもあります。歌を歌ってあげたり、リズム遊びをしたり、やさしい音楽を流して一緒にゆらゆらすることも、聴覚を育てるうえでとても効果的です。楽しい音体験は、赤ちゃんの情緒安定にもつながります。
赤ちゃんにとって、もっとも大切な音は「信頼できる人の声」です。日々の声かけや歌、おだやかな語りかけが、赤ちゃんの耳と心を育て、ことばの芽を大きく育てていきます。
「どうしたの? 」「気持ちいいね」「かわいいね」──そんな何気ないやさしいひとことが、赤ちゃんの聴覚と未来をつくっているのです。
執筆者:津久井 伸明(つくい のぶあき)

- 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 副主任研究員
- 浜松医科大学子どものこころの発達研究センター 特任研究員
- 博士(小児発達学)
参考資料
※1 Nencheva, M. L., & Lew-Williams, C. (2022). Understanding why infant-directed speech supports learning: A dynamic attention perspective. Developmental Review, 66, 101047.
※2 Graven, S. N., & Browne, J. V. (2008). Auditory development in the fetus and infant. Newborn and Infant Nursing Reviews, 8(4), 187–193.
※3 Parise, E., Friederici, A.D., & Striano, T. (2010). “Did You Call Me?” 5-Month-Old Infants Own Name Guides Their Attention. PLOS ONE, 5(12): e14208.
※4 Erickson, L. C., & Newman, R. S. (2017). Influences of Background Noise on Infants and Children. Current Directions in Psychological Science, 26(5), 451-457.
※5 Graven, S. N., & Browne, J. V. (2008). Sensory Development in the Fetus, Neonate, and Infant: Introduction and Overview. Newborn and Infant Nursing Reviews, 8(4), 169–172.