外国にルーツを持つ子どものメンタルヘルス状況と求められる支援

2025年09月11日(木曜日)

外国にルーツを持つ子どものメンタルヘルス状況と求められる支援

外国にルーツを持つ子どもたちの数が年々増えるなか、彼らのメンタルヘルスに注目が集まっています。言葉や文化の壁から学校生活に適応できず、不安や孤立を感じるケースも少なくありません。こうした子どもたちを支えるために、教育現場には何が求められているのでしょうか。この問題に詳しい子どもの発達科学研究所 客員研究員で東北大学講師の髙橋芳雄氏が解説します。

日本で増加する外国にルーツを持つ子どもたち

近年、日本は労働力不足を補うため、外国人人材の受け入れを積極的に進めています。これに伴い、日本で暮らす外国にルーツを持つ子どもたちの数も、着実に増加しています。2018年の文部科学省の調査では、日本語教育が必要な子どもが10年前の約1.5倍にも増えました(※1)。

新しい環境に飛び込む彼らが直面するのは、言葉や文化の違い、そしてそれに伴うさまざまな困難です。特に学校生活では、友人関係の構築や学習面でのつまずきが、不安や抑うつといったメンタルヘルスの問題を引き起こす可能性があります。

欧米各国では、こうした子どもたちへの手厚い支援が進められていますが、日本では彼らがどのような精神的困難を抱えているか、その実態は十分に把握されていませんでした。

「家では外国語のみ」の子どもはメンタルヘルス問題が高い傾向に

こうした背景を受け、子どもの発達科学研究所では、小学4年生から中学3年生の児童生徒、約4万人を対象とした大規模な調査を東海地区の地方都市で実施しました(※2)。

この調査では、家庭で使う言語を「日本語のみ」「外国語のみ」「日本語と外国語の両方」の3グループに分け、それぞれのメンタルヘルスの状態を比較しました。
(評価に用いた尺度は、不安と抑うつを測るPHQ-4)

その結果、家庭で外国語を使っている子どもは、日本語のみを使う子どもに比べて、メンタルヘルスに問題を抱える傾向が高いことが判明したのです。

特に「日本語と外国語の両方」を使っている子どもたちは、小学校から中学校へ進むにつれて、その問題がより深刻になることが浮き彫りになりました。

一方で、「外国語のみ」を使う子どもたちは、中学生になるとメンタルヘルスの状態がやや改善するという興味深い結果も出ています。これは、同じ文化背景を持つ仲間との交流や、学校での特別な言語指導が、彼らの精神的な支えになっている可能性を示唆しています。

海外の研究では、少し異なる現象が見られます。たとえばアメリカでは、移民家庭の子ども、特に移民一世の子どもが、その国で生まれた子どもよりもメンタルヘルスが良好であるという「移民のパラドックス」が知られています。

これは、日本と比較して欧米諸国が移民を積極的に受け入れ、包括的な言語教育や心理的サポートを行っていることが一因とされています(※3,4)。

OECD加盟国と比べ不十分な日本の支援体制

外国人人材の受け入れ増加に伴い、外国にルーツを持つ子どもたちの数も、今後、着実に増加していくと見込まれます。

一方で、これらの子どもに対する支援体制は十分とは言えない状況です。教育現場では教師が尽力しているものの、マンパワーの不足や制度・仕組みの不整備などの問題があります。

2023年のOECD(経済開発協力機構)の報告(※5)では、多くのOECD加盟国が、外国にルーツを持つ子どもたちの学校や地域社会適応を支援するため、言語能力向上のための学習支援や、メンタルヘルスを支える心理的サポート、学校や地域社会へスムーズな適応を促すプログラムなどのさまざまな取り組みを進めており、成果を挙げていることが明らかになっています。

こうした取り組みは、子どもたちが新しい環境で安心して学び、社会の一員として成長していく上で重要な役割を果たしています。

日本の教育現場に求められる支援策

わが国において、今後は、教師や学校スタッフに対して文化的・言語的背景に関する専門的な研修を提供するとともに、言語支援を越えた心理的サポートの充実が求められると考えられます。教育現場に求められる支援策は次の通りです。

⚫︎専門的な研修の充実
教師や学校スタッフに対し、異なる文化的・言語的背景を理解するための専門的な研修を提供し、子どもたちへの心理的サポート能力を向上させる必要があります。日本語指導と並行して、心のケアができる仕組みづくりが不可欠です。

⚫︎早期発見と早期介入
メンタルヘルスの問題は、早期に気づき、早期に支援を開始することが非常に重要です。
義務教育という特性を活かし、学校を通じてメンタルヘルスに課題を抱える子どもたちに支援が届く仕組みを強化することが求められます(※6)。経済的・家庭的な事情で支援を受けにくい子どもたちにも、学校がセーフティネットとなり得ます。

⚫︎多文化共生の推進と居場所づくり
学校や地域社会全体で多様性を尊重する活動を積極的に行い、子どもたちが自身のアイデンティティを肯定的に捉えられる環境を整備することが大切です。これまでの研究では、民族的・文化的アイデンティティを肯定的に受け入れることが、メンタルヘルスの改善に有効であることが示されています(※7)。日常的な交流を通じて、互いの理解と信頼関係を深める取り組みが求められます。

政策に求められる支援プログラムの実現

今後は、教育・福祉・地域社会が連携し、外国にルーツを持つ子どもたちへの包括的なサポートシステムを整えることが必要であるといえます。

国際的な成功事例を参考に、日本でも言語サポートやメンタルヘルス支援プログラムを政策レベルで実施することが重要です。

外国にルーツを持つ子どもへの支援の充実は、その子どもたちの発達やウエルビーイングだけに良い影響をもたらすものではありません。日本の社会の安定や、日本の子どもたちの健全な発達にまで、良い影響が期待できます。

すべての子どもたちが健やかに育つことができる、持続可能な多文化共生社会の実現が望まれています。

執筆者:髙橋 芳雄(たかはし みちお)

髙橋 芳雄(たかはし みちお)
  • 公益社団法人 子どもの発達科学研究所 客員研究員
  • 東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター 講師
  • 博士(医学)

参考資料

※1 文部科学省 (2020). 日本語指導が必要な児童生徒の現状について(平成30年度).
URL: chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.mext.go.jp/content/1422198_007_1.pdf

※2 Takahashi, M., Nishimura, T., Osuka, Y., Tsukui, N., Adachi, M., Katayama, T., & Wakuta, M. (2023). Mental health status of children who use foreign languages at home in Japan. Psychiatry and Clinical Neurosciences Reports, 2(2), e115.

※3 Marks, A. K., Ejesi, K., & García Coll, C. (2014). Understanding the US immigrant paradox in childhood and adolescence. Child Development Perspectives, 8(2), 59-64.

※4 Van Geel, M., & Vedder, P. (2010). The adaptation of non‐western and Muslim immigrant adolescents in the Netherlands: An immigrant paradox?. Scandinavian Journal of Psychology, 51(5), 398-402.

※5 OECD (2023). Supporting Immigrant Students’ Integration. URL: https://www.oecd.org/en/publications/indicators-of-immigrant-integration-2023_1d5020a6-en.html

※6 Patel, S. G., Bouche, V., Thomas, I., & Martinez, W. (2023). Mental health and adaptation among newcomer immigrant youth in United States educational settings. Current Opinion in Psychology, 49, 101459.

※7 Kiang, L., Stein, G. L., & Juang, L. P. (2022). Ethnic and racial identity of immigrants and effects on mental health. Current opinion in Psychology, 47, 101424.

LOGIN

ログイン

会員の方はこちらからログインしてください。

CHANNEL