避難所が使えない? 被災経験から見えた発達障がいと防災の課題 チャレンジドLIFE畠中さんが考える

2025年12月05日(金曜日)

避難所が使えない? 被災経験から見えた発達障がいと防災の課題 チャレンジドLIFE畠中さんが考える

石川県へ帰省するため、海沿いの高速道路を家族5人で走っていたときのこと。発達障がいのある長男を含む3人の子どもたちと楽しく会話をしていた最中に突然、車が大きな揺れに襲われました。2024年の元日、午後4時10分。令和6年能登半島地震が発生した瞬間です。

ラジオからは「津波の恐れがあります」という緊迫した声が繰り返し流れ、車内の空気が一気に張り詰めます。

「何が起きたのか分からなくて……。頭が真っ白になりました。すぐに逃げなきゃと思うのに、どうしていいのか分からない。とにかく海から離れよう。それだけでした」

そう語るのは、一般社団法人チャレンジドLIFEの代表理事として、障がいのある人や家族の支援に取り組む畠中直美さんです。

あの日の体験は、畠中さんが「発達障がいのある子どもにとっての防災」を深く問い直すきっかけとなりました。

(取材・執筆:コハツWEB取材班)

地震が終わっても終わらない「発達障がいの子の不安」

幸いにも家族にけがはなく、全員が無事。畠中さん一家は実家にたどり着きます。

家の中は家具が倒れ、ガラスも割れていましたが、人が暮らせないほどではありませんでした。

しかし発達障がいのある子どもにとって、いつもと違う状況は大きなストレスです。

「(いつもと違う状況が)長く続くほど、心身への影響が強く表れることがあります」と畠中さんが語るように、他の兄弟が徐々に落ち着きを取り戻していっても、長男の緊張状態は続きました。

たとえば、不眠。日中は消防車や救急車のサイレンが途切れず鳴り響き、夜にはヘリコプターが上空を飛び回る。誰しも眠りが浅くなる状況です。

環境の変化に敏感な発達障がいの長男には、その影響がいっそう強く現れました。音に敏感なうえ、被災時の恐怖をうまく処理できず、全く眠れない日が続いたといいます。

畠中直美さん 取材はオンラインで行われた

畠中直美さん 取材はオンラインで行われた

また、余震への反応にも違いが見られました。下の2人の子どもたちは、被災状況が次第に明らかになり津波の心配がないことがわかってからは、徐々に慣れていきましたが、長男は違いました。余震のたびに体をすくめ、食事ものどを通らず、わずかな物音にも反応して目を覚ましてしまう。

地元に戻ってからも、長男の様子は変わりません。口癖は「また地震が来る?」。外に出ることさえためらうようになってしまいます。

「長男が日常の中で少しでも安心を感じられるよう、心がけて接しました。たとえば、カレンダー。『今日も地震が来なかったね』と声をかけながら、毎日カレンダーに丸をつけていったんです。丸が増えるたびに、地震がない日が増えていることを彼も実感できたようでした」

発達障がいと防災に関する情報が少ない。現状を知るべく、アンケートを実施

帰省中に被災した経験は、畠中さんにとって防災を考える転機になりました。

「長男はもともと付き添い登校が必要で、被災したのは、ようやく1人で学校へ行けるようになった時期だったんです。パニックを起こすのも年に数回程度に落ち着いていたのですが、地震のあとは再び大声で叫び、泣き出すようになってしまいました。『こんなふうに地震の影響で、パニックを起こすようになるんだ』という現実を知り、同時に、次に備えなければと強く思うようになりました」

畠中さんは、すぐに動き始めます。「発達障がいのある人の防災に関して、どのような発信がされているのだろう?」「行政や専門機関はどのような支援をしているのか?」と考えながら、行政の資料や自治体のホームページを確認しました。しかし、目に入るのは高齢者や身体障がい者向けのマニュアルばかり。

「調査を進めて特に驚いたのは、発達障がいと防災をテーマにした情報の少なさでした。身体や視覚など、外から見て分かる障がいへの対応は東日本大震災以降に整ってきました。けれども、外から見えにくい障がい、たとえば音や光に敏感だったり、状況の変化に対応しづらかったりする特性への配慮は、まだ十分とは言えません」

そこで発達障がいと防災に関する実態を把握するため、畠中さんは全国の子育て家庭を対象にアンケート調査を実施。結果を整理し、「子育て家庭の大震災への備えに関する全国調査」としてまとめました。

特に目立ったのは、「避難所を利用しようとする人の少なさ」です。障がい児のいる家庭は、障がい児のいない家庭に比べて「当日、翌日」「3日目以降」ともに避難先として「一般の避難所」(指定避難所)が避難先として選ばれづらいことが明らかになったのです。

被災直後の避難行動の傾向(本調査では「障がい障害児=支援が届いてほしい子ども」と捉え、未診断だが障がい障害特性がある、発達に不安がある子どもも含めている)

被災直後の避難行動の傾向(本調査では「障がい児=支援が届いてほしい子ども」と捉え、未診断だが障がい特性がある、発達に不安がある子どもも含めている)

避難所があっても「行けない」現実

畠中さんは、避難所の現状について多くの聞き取りを行いました。その中で目にしたのは、地域には障がいのある人が確実にいるはずなのに、避難所ではほとんど見かけないという現実です。

避難所は、2つの種類に大別されます。地域の学校や体育館などに設けられる「指定避難所」と、障がいのある人や高齢者など、より支援が必要な人を受け入れる「福祉避難所」です。

しかし、指定避難所に障がいのある人が見られないのは、福祉避難所に避難しているからではありません。まず、福祉避難所は障がいのある方などの利用を想定しているものの、災害発生後すぐには開設されません。

多くの自治体では、発災からおおむね3日後を目安に福祉避難所を設けることになっています。しかし実際には、被災の規模や地域の状況によっては、開設までに10日以上かかる場合も少なくありません。

福祉避難所に指定された建物自体が被災して使用できなかったり、開設を担う自治体職員や教職員が被災して現場に行けなかったりすることが主な理由です。

つまり、福祉避難所は災害直後には開かれず、まず指定避難所に避難し、その後に福祉避難所へ移る「2次避難」の形を取らなければならないのです。

とはいえ、指定避難所は過ごしやすいとは言えません。

「(障がいのある人は指定避難所に)行きたくても行けない」。畠中さんがそう語る背景には、一般の避難所特有の環境があります。人が多く、音や光も強い。集団行動や一斉の指示が苦手な子どもにとっては、それだけでパニックになってしまうのです。

畠中さんが調べる中で、感覚過敏や偏食、周囲の視線、避難所のルールへの適応の難しさなどから、一般の避難所ではなく「自宅」や「車中」で過ごすことを選択する家庭が多いこともわかっています。

「親も周りに迷惑をかけるのではないかと遠慮してしまい、避難所に行かない選択を取ってしまう。食料や日用品といった物資は届かず、親が外へ取りに行くこともできず、気づけば孤立してしまう。『誰も助けてくれない』という声をたくさん聞きました」

避難所の人手は大切。発達特性を知る人材は、もっと大切

先述の通り、避難所を開設する役割を担う自治体職員も被災する可能性があり、現場に出向けないことがあります。しかし、避難所の人手不足は大きな課題ではあるものの、「人を集めれば解決」ではないと畠中さんは指摘します。これが、発達障がいのある人と家族の避難を考えるうえで大きなポイントです。

避難所の人員配置で考えるべきは、人数だけではなく、発達障がいの特性を理解し、適切に対応できる人の存在。

「避難所には不安を抱えた多くの人が集まります。そのような環境で、大声で一斉に指示を出したり、強い照明や懐中電灯の光を浴びせたりすることは、避難所のスタッフにとっては自然な行動かもしれません。でも、発達障がいのある子どもにとっては、そうした行動がパニックを引き起こすきっかけになることがあります」

畠中さんはまた、「音や光に敏感な人がいる、声かけが難しい子がいるという前提を持つだけで、現場の空気は大きく変わり、避難生活を送る人たちの安心につながります」と考えを述べました。

とはいえ、避難所スタッフにその理解を広げていくのは簡単なことではありません。発達障がいの特性は1人ひとり異なり、状況によって反応も変わるためです。どのように教育し、現場の人に伝えていくかについては、多くの課題が残されています。

ご近所づきあいが安心感をつくる

発達障がいのある子どもやその家族を守るには、行政や自治体の支援は欠かせません。しかし、いざ災害が発生すると、先述の通り、理想通りにいかないことが多いものです。「災害の現場で本当に人を救うのは、最後には人と人とのつながりだと思います」と、畠中さんは言います。

「子どもの特性を理解してくれている人が近隣にいるだけで、いざというときに『物資を取りに行くよ』といったように、自然と声をかけてもらいやすくなる。それだけで、安心感がまったく違います」

とはいえ、子どもの特性などを日頃から全てオープンに共有しなければならないというわけではありません。

「まずは普段からあいさつやちょっとした会話を交わせる関係を築くことが大切です。それだけでも、いざというときに気にかけてもらいやすくなると思います」

イベントのご案内

【タイトル】外見だけでは分からない障がい×防災を考えよう!(仮)
【日時】2月14日(土) 午後
【場所】市民総合交流センター協働ひろば 草津市大路2丁目1番35号 キラリエ草津5F ※
JR草津駅 徒歩4分
【内容】NHK番組でもおなじみの「ヤモリン博士」、京都大学防災研究所 副所長 矢守克也教授をお招きし、『障害×防災』について楽しくまじめに学ぶイベントです。ご参加下さった皆様へ「わが家の防災はじめのいっぽ~発達障害のある子どもを守るために~」の冊子をお配り致します。
【参加方法について】チャレンジドLIFEのHP、並びにSNSより申込受付の準備ができ次第ご案内いたします
ホームページ:https://www.challenged-life.com/
Instagram:https://www.instagram.com/challengedlife_official/

畠中 直美(はたなか なおみ)

畠中 直美(はたなか なおみ)
一般社団法人チャレンジドLIFE代表。キャリアコンサルタント。自閉・知的特性のある長男を含む3兄弟の子育て真っ最中。キャリアコンサルタント、ダイバーシティコミュニケーターとして、企業・官公庁での研修講師、コンサルティングを全国で行う。また、我が子の障がいをきっかけにチャレンジドLIFEを設立し「発達障がいの目線で、みんなの生きやすさを叶える。」を理念に活動。企業と企業、企業と学校をつなぐさまざまなプロジェクトの立ち上げに関わるとともに、2024年1月~3月放送の日本テレビドラマ『厨房のありす』に取材協力という形で関わるなど、多岐に渡り活動中。

参考文献
・「子育て家庭の大震災への備えに関する全国調査」(一般社団法人チャレンジドLIFE)

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