令和7年10月29日に文部科学省より公表された「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」を受け、私たち子どもの発達科学研究所としての現状分析と、今後取り組むべき課題について述べさせていただきます。
執筆:子どもの発達科学研究所 研究員
現状分析:深刻な課題と「変化の兆し」
今回の調査結果は、私たちに二つの側面を提示しています。一つは「依然として深刻な課題」であり、もう一つは「確かな変化の兆し」です。
(1)依然として深刻な課題
いじめの認知件数(769,022件)、重大事態の発生件数(1,405件)、そして小・中・高等学校における暴力行為の発生件数(128,859件)が過去最多を更新しました。
また、児童生徒の自殺者数も413人と依然として高止まりしており、極めて憂慮すべき状況が続いています。
特にいじめの重大事態については、そのうち34.9%が「重大事態として把握する以前にはいじめとして認知されていなかった」という事実は重く受け止める必要があります。
これは、問題が深刻化する前にリスクを発見し介入する仕組みが、まだ十分に機能していない現状を示唆しています。
不登校については、後述の「変化の兆し」が現れているが、不登校の増加を止めるには至っておらず、過去最多となっています。
※いじめ被害はもちろん、学校における傷つき体験(学校ACE®)は、成人期のメンタルヘルスや社会適応(引きこもり)に影響を与えます。エビデンスに基づいた対応が求められるところです。
(2)確かな「変化の兆し」
一方で、私たちが特に注目すべきは不登校に関するデータです。
小・中学校の不登校児童生徒総数は353,970人と過去最多であるものの、その増加率は小・中学校全体で前年度15.9%から2.2%へと大幅に鈍化しました。
さらに重要な点は、以下の2点です。
・「新規不登校児童生徒数」が小・中学校ともに減少したこと(詳細調査資料によれば、合計で9年ぶりの減少 )
・「不登校継続率」も小・中学校ともに低下したこと
高等学校においても、不登校生徒数・新規不登校生徒数がともに減少しています 。
これらの「変化の兆し」は、偶然ではない可能性があります。
文部科学省も分析している通り、一人一台端末を活用した心の健康観察による早期把握や、チーム学校による支援、多様な学びの場の充実といった、まさに私たちが提唱してきた「問題が起きてから解決するモデル」ではなく、「問題が起きないことを重視するモデル(RTIモデル≒生徒指導提要における生徒指導の2軸3類4層構造)」に基づいた予防的・早期対応的アプローチの成果が少しずつ表れ始めているのかもしれません。
処方箋:今、何をすべきか
この「深刻な課題」と「変化の兆し」を踏まえ、私たちが進むべき道は明確です。
それは、不登校対策で見え始めた「早期発見・早期支援」の有効性を、いじめ・暴力行為・自殺予防の領域にも本格的に展開することです。
いじめ・暴力行為: 件数が最多である現状は、認知の努力だけでなく、対応の遅れや予防の不足も示しています。問題が深刻化する前にリスクを早期発見し、組織的に対応する体制が不可欠です。
不登校: 新規不登校の減少や継続率の低下という好機を逃さず、この流れを加速させる必要があります。
私たち(子どもの発達科学研究所)が今後行うべきこと
科学で子どもたちの問題を解決する立場として、私たちは以下の取り組みを一層強化し、現場に提供していくべきだと考えます。
(1)科学的調査(要因調査)の推進とエビデンスの構築
今回の調査で不登校の増加率が鈍化した背景には、どのような支援や介入が有効だったのか、その要因を科学的に解明する必要があります。
私たちが行った「不登校の要因分析に関する調査研究」の結果を参考にして、「なぜ減ったのか」「何が効いたのか」というエビデンスを構築しなければなりません。
現在、私たちが持っているデータを解析し、そこから分かったことを国や自治体に提言し、効果的な施策(予算配分や包括的な事業の実施)につながるよう働きかけます。
※現在、子どもの発達科学研究所では、更に文部科学省の委託を受けて「発達障害のある児童生徒等に対する支援事業:特別支援教育・不登校担当の校内連携体制の在り方に関する調査研究」を行っています。今年度中に調査結果を報告する予定でいます。
(2)「早期発見ツール(アセスメント)」と「アクションプログラム」のセット提供の強化
これまで開発してきた各種アセスメントツール(デイケン、NiCoLi、いじめDアンケート、学校風土D調査)の重要性が、今回の調査結果、特にいじめの重大事態の3割以上が未認知であったことからも改めて浮き彫りになりました。
今後は、これらのツールの普及に加え、「発見したリスクにどう対応するか」という具体的なアクションプランをセットで提供することをさらに強化します。
具体的な提案
◼️発見(Assessment)
「デイケン」や「NiCoLi」で個々の児童生徒の困難を早期に把握し、「いじめDアンケート」や「学校風土D調査」で学級・学校全体の環境リスクを可視化します。◼️行動(Action)
▶︎教員向け:調査結果を分析し、具体的な対応方法を学ぶ教員研修を提供します。
▶︎子ども向け:リスクが発見された学級や個人に対し、科学的エビデンスに基づくいじめ予防プログラム(トリプルチェンジ)や非認知スキル教育プログラム(「ゲミワ」、「MELOG」)を提供し、いじめ予防、問題解決スキル、対人関係スキル、感情コントロールスキル、メタ認知といった未来につながるスキルそのものを育みます。
また、いじめ問題の深刻さに対応するために、世界のいじめ研究(エビデンス)を活用した包括的な対応を促進する必要があります。
そのことから、既にこども家庭庁の委託を受けて行っている「学校外からのアプローチによるいじめ解消の仕組み作りに向けた手法の開発・実証事業」をさらに進めると共に、教育委員会、学校に対して、上記のアセスメント&アクションモデルの普及に努めます。
(3)RTIモデルのさらなる普及
不登校対策で成果の兆しが見えたRTIモデル(予防・早期発見・早期支援)を、いじめ・暴力行為対策のスタンダードとするための普及啓発を続けます。
文部科学省が推進する「心の健康観察」やSC・SSWの配置充実といった施策と、私たちのツール・プログラムを連携させ、「学校風土の改善(一次予防)」「リスクの早期発見(二次予防)」「専門的介入(三次予防)」という多層的な支援モデルを、学校現場が実行できるよう支援します。
まとめ
今回の調査結果は、いじめや暴力行為といった問題の根深さを示すと同時に、不登校対策においては「予防」と「早期支援」という科学的アプローチが、確かに事態を好転させうる、という希望の光も示しています。
私たち子どもの発達科学研究所は、この「変化の兆し」を確実な成果へとつなげるため、引き続き科学的エビデンスに基づいた「発見のツール」と「解決のプログラム」を現場の先生方へ提供し、すべての子どもたちが安心して学べる環境づくりに貢献してまいります。
参考文献
文部科学省、令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要https://www.mext.go.jp/content/20251029-mxt_jidou02-100002753_2_5.pdf
文部科学省、令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果 https://www.mext.go.jp/content/20251029-mxt_jidou02-100002753_1_4..pdf
※「学校ACE®」は、子どもの発達科学研究所の登録商標です。




